第32話ーー忠犬ははしゃぎ回る
俺の親友はこんなにバカだっただろうか……
いや、もうちょっとマシだったはずだ。
どうしてこんな風になってしまったのか。
きっと恐怖とか苦痛とかで、脳のどこかの回路が熱に浮かされているに違いない。
そう信じたい……
「なぁヨコはどう思う」
「イルカにも会いたいし、ハイジのブランコもいいな」
2人ともが全く同じ表紙の『日間賀島で遊ぼ♡』とか書いてある、明らかに女性の歓心を誘うようなガイドブックを広げてキャッキャ騒いでいる。
確かに日間賀島ではイルカに会えると人気だし、小高い丘から海に向かっている木のブランコはSNSなどによく載せられている所だ。
だがそれは両方……いや、少なくともブランコの方はカップルとかに評判が高いやつで、男子高校生が3人で行くようなやつじゃない。
誰か2人の目を優しく覚ましてやってくださいっ!
今朝集まって用意されたワゴン車に乗り込んでからずっとこの調子だ、既に1時間になるというのに。
昨日深夜に帰る時からこの兆候はあった。俺は真実がわかっているだけに、2人のようになれるはずもなく、でも止める事なども出来ずにいる。
いや、ちょっと騙している側にいるようで心が痛い。
「師匠たちの気持ちに応えるためにも、向こうで夜は自主的に勉強しないか?」
なんて心にも思ってない事を、クソ忍者の命令を受けて言った。
「突然どうした?」
「お前が勉強とか、修行で強く頭でも打ったのだろう……可哀想に」
とか、いつもの2人なら言いそうなものなのに……
「そうだなっ」
「その案に賛成だっ」
なんて目を輝かせて言われちゃったよ……
一応、それとなく「期待は止めろ」「冷静に考えろ」的な事は忠告した。
後から「あの時止めてくれれば」とかの恨み言を言われても嫌だからね、こいつらに限ってはそんな事ないだろうけど、念の為。
俺の心は汚れてしまったようだ。
だんだん笑えてきた。
……この醜態はしっかり記憶しておこう。
け、決して先日の遺書の件での恨みを晴らそうとか思ってないよ?
そして俺は日間賀島に着くまでの、僅かな休みを満喫しよう……ワゴン車の中だけど。
なぜならクソ忍者とハゲヤクザは乗っていないのだ。
朝、高校前に現れたクソ忍者は黒い革のライダースーツで全身を固めた、どこからどう見てもアウトローな格好をしていた。そして1人でワゴン車を追うと言って、サングラスを掛けてバカでかいハーレーダビッドソンに跨った。
その姿は、悔しいけれど確かにちょっとカッコ良かった。渥美の旅館で、女の子が「若に年一しか会えないのに」なんて泣いてたけど、こんな姿だけを見せられていたら、アイドル的な感じで憧れたりするのもちょっとわかった気がした。
ハゲヤクザはこちらの気持ちを裏切らないものだった。いつもの着物姿に、フルスモークの真っ黒で高そうなベンツ。
正に武闘派ヤクザだ。何人か轢き殺していると言われても納得出来てしまうその姿。
「乗ってくか?」と言われたけど、不憫なアマとキムを放って置く事も出来ずに、何より選択肢があるというのなら、束の間の休息を捨てる事など出来るわけもなく、ワゴン車に乗り込んだ。
「イルカに餌やりしたいな」
「ビーチ綺麗らしいけど、さすがにもう寒いから泳げないな」
ダメだ、これ以上は耐えられない。
「それもそうだけど、勉強道具何を持ってきた?」
「あぁ、2人で話したんだけどな、俺たち生産jobは将来外国人と販売で会ったり話す事もあるだろうって事で、英語を中心に鍛えるつもりだ」
「単語帳とかも持ってきたぞ」
よし、ちゃんと持ってきているな。
偉いぞお前らっ!
前の座席に座っている師匠さんの1人がこちらを向いて、俺にだけわかるように親指立ててるし……
「よく気が付いたなお前らっ!お前たちが自主的にそこに気付いて、尚且つ勉強しようとしてくれるなんて、俺は嬉しいぞ」
「「はいっ」」
あかん……
頬を赤くして、素直に褒められたと喜んでる。
まるで乙女……
やはり恋にでも落ちたのだろうか。
怖い怖い怖い怖い……誰得なの?これ。
こんなのクラスの1部の女子しか喜ばないよ?
「外国語は大事だぞ、横川くんの師匠である織田さんなんて、10ヶ国以上の言語を操れるぞ」
えっ……
あのクソ忍者そんなにも話せるの?
凄い……凄いけど……
やっぱり忍者組織って、スパイ的な事もする為に必要なのかね?
ってか、あの人たち俺にそんなの求めて来ないよね?
無理だ……英語だけでもキツイのに、その上数ヶ国語とか常軌を逸しているとしか思えない。
「師匠、師匠は何カ国くらいですか?」
「まぁ俺たちも似たような数だ」
「さすが師匠ですっ!」
「凄い……」
「大したことな……ぐふっ」
張り合うように聞かなくていいからっ!
それがなぜ墓穴を掘る事になると、想像しないんだよっ!
ほら、よく見て見てっ!
片方の師匠さんなんて、ついに耐えきれなくなったのか、正面向いて肩を震わせ始めたじゃねぇか……
あれ、確実に笑ってるよ。
「そろそろ師崎だ。船で行くぞ」
「フェリーですよねっ?」
船だってさ。
よかった、俺はてっきり泳がされるものだと思ってたからね。
アマたちはもちろんそんな危惧はしていなかったようだ、まるで勉強してきましたって顔で聞いているよ。
「いや、うちのクルーザーを用意している」
「「クルーザー!?」」
凄いな、クルーザーなんて持っているのか。
まぁ世界的TOPだもんな〜持っててもおかしくはないか。
「まぁ大して高いもんじゃないからな、お前らも直ぐに買えるようになるよ」
「本当ですかっ?」
「夢があるな」
多分その前に「無茶苦茶な修行を乗り越えたらな」って言葉が付くと思うんだけどな〜
ってか俺たち孤児院出身は、先にまず国にお金を返さなきゃいけないんだよね。
孤児院は国運営なんだけど、孤児育成奨学金だっけな?あれ?何だっけ?……まぁそんな意味合いのものを借りて生活している事になっている。
現代においてダンジョンの為に孤児は珍しくない、だけどそれら全てを無償で育てるほど国は優しくない……まぁ不埒な事を考える人もいるからみたいだけど。
その為に0歳児から6歳児までは一律月8万円、7歳児以降は一律月10万円を借りているという形になっている。
中学生からは月3,000円、高校生になると月5,000円がその中からお小遣いとして支給される。その他、何かでお金がいる時は別途借金となる。
これが高いのか安いのかはわからないけれど、一生を掛けてお金を返さなきゃいけないという事は確かである。
一応優しさなのか、利息は付かないので焦る必要はないんだけどね。
俺の場合は、0歳からなので高校卒業までと考えると、計1,896万円、結構な金額だ。
アマは3歳から、キムは4歳からだから、みんな金額はそれほど変わらない。
「よし、着いたから乗り換えるぞ」
車が停まると、運転をしていた若い人が走ってきてスライドドアを開けてくれたんだけど、アマとキムを見る目が……めちゃくちゃ哀れなものを見るようだった。
案内されたクルーザーは、めちゃくちゃデカくて豪華でカッコイイ物だった。
「さすが伊賀のは儲かってるな」
「こんなもん中古だ、大したことない。織田のバイクとそう変わらんわ」
「そんな訳あるか」
師匠4人組が笑いあって話してるけど、ほんとこれ幾らなんだろうか。
儲かってるんだろうな〜
まぁあのウェポンマイスターが打った武器って、確か数百万はザラで、一千万単位の物もあるらしいし、エリクサーなんて億単位で取引されているらしいから、納得といえば納得だけど。
それを考えると、いつかアマとキムもめちゃくちゃ稼ぐようになって、「今日俺のクルーザーで女の子呼んでパーティーするけど、ヨコも来るか?」とか言うようになっちゃうのだろうか……
くっ、想像するだけで悔しいし、イラッとした!
……でも俺もダンジョンでいつか一攫千金のお宝見つけるんだ!!
「準備できました」
「よし行くぞー」
どうやらワゴン車の運転手の人がクルーザーも動かすようだ。
船はスムーズに動き出し、瞬く間に離岸した……
20分ほど船に揺られ到着した日間賀島。
2人が車の中で熱心に見ていたガイドブックに載っていた写真そのままだが……土曜日だというのに人が異様に少ないような?
「とりあえず宿に行くぞ」
その「とりあえず」とは何でしょうか?
いや、わかっているんです、ええ。
だけどそろそろハッキリと教えて欲しいんです。
「ここだ、今日は貸切だから人目を気にせずやってくれ」
「貸切っ!」
「凄いっ!」
おうっ、「人目を気にせず」って今明らかにクソ忍者に向けて言いましたよね?
アマとキムはもうそろそろいい加減にして欲しいけれど、俺ももうそれを気にしている余裕はなさそうだ。
「さて、横川。お楽しみの時間が来たぞ」
お楽しみにしているのは、そこの2人だけですっ!
何をさせられるんですか!?
生きて帰れますか!?
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