第47話 サバゲーが楽しかったです


 四角いコンクリート製の闘技場に、俺達は立っていた。闘技場の広さは、およそ百メートルほどの正方形。


 闘技場の外は、数メートルほどに芝の張られた場外部分があり、その外側は、オーロラのような揺れ動く壁が、四方を覆っている。上空を見上げれば、そちらも百メートルほどの高さがあり、そこにもオーロラの天井が広がっていた。


 オーロラの向こうは、無というか……とにかく、存在しない空間、ってことになるのだろう。


「完全に、個人、あるいは少人数での戦闘用のステージだな。空気も普通にあるし、重力にも違和感はない」セブラスが、ガシガシと足元のコンクリートを踏みしめた。


『どんな感じですか。こちらの声も聞こえているのですよね?』どこからか、関野さんの声がする。


 同時に、


 ──遠隔会話も使えるようだな。私の声も聞こえているだろう、シュウイチ?── と、頭の中に遠隔会話……要はテレパシーを使っての、ウィラルヴァの声が流れ込んできた。


 ふむ。空間の外側にいても、会話することが可能なのね。それはまぁ、予め感知魔法で調べはついてたことだけど。


「現実世界にいるときの感覚と、まるで同じね。この場所に移動してきたときの感覚も、転移魔法のものと似通っていたし」スタスタとステージの上を歩きながら、シズカがつぶやく。


 確かに。一瞬で違う場所に移動するあの感覚は、すごく覚えのある感覚だ。


「ひゃっほー! ここなら、どんだけ暴れても大丈夫なんだよな?」とピョンピョン飛び跳ねながら、湧音が歓喜の声を上げた。


「確かに、どれだけ暴れて大丈夫なのか、テストしておく必要もあるだろう。狼小僧よ、少しばかり手合わせするか?」


 ニヤリと笑った虎男セブラスが、狼男湧音にチョイチョイと指先で、かかって来いと合図を送った。


「ちょっと。やるなら、向こうで離れてやりなさい。近くで暴れられたら迷惑よ」


 シズカに注意され、セブラスと湧音が、二人して楽しそうにニヤニヤ笑いながら、闘技場の向こう側に移動して早速、素手での組み手を開始する。


 二人とも人間の姿のままだし、本気ではないようだ。それでも見るからに、セブラスは相当の手心を加えているように見えた。


 うん。現時点では、おそらく全力でやっても、湧音君はセブラスには到底、敵いそうにないな。ていうかこのステージ、こうして修行する場所としても、打ってつけじゃね?


 まぁ、この空間を構成するためには、一定の神力が必要ではあるのだが。それを差し引いたとしても、使い道は多そうな気がする。


 課金アイテムを使って、練習用のルームを立てるようなもんだな。そういうルームってのは練習だけでなく、ゲームによっては個人でのイベントだったり、ゲリラ大会だったり、いろんな用途で使用されるものだ。


 これが流通したら、どこかの神が主催してのイベントや大会など、夜毎に開催されたりとかするんじゃなかろうか。婚活パーティだとか出会い系ルームだとかあったら、さすがにドン引くけども。


「ここで死んだ者は、生き返ることができるという設定らしいが……さすがに試すのは怖いな」


「あるいは試しに、私を殺してみますか? この身体は幽体ですので、生のある人間とは違い、自力でも復活できます。私の本体は、タツネ様と共にありますので」


「……いや、それでは意味がない気がする。要は俺のように肉体を持った人間でも、死んで生き返ることができるのか……そこが重要な部分だ」と、真樹さんが自分の左胸に手の平を押し当てた。


「ということハ、私が試しに死んデも、意味がナいということカ」


「タマもダメだねー。かみさまだもん」


 蛇貴妃とタマちゃんが口々に言う。


「うーん。その部分だけは、試しようがないなー」


 さすがに誰かに死んでくれ、というわけにもいかないし……その部分だけは、ぶっつけ本番で様子を見るしかないか。


 ……などと思っていたら、


「くううう! やるなぁおっちゃん! 秀一ほどじゃないけど、目茶苦茶強いじゃんか!」


「はっはっは! 狼小僧こそ、中々に熱くさせてくれるじゃないか! どぉれ、おじさん、ちょっと本気を出しちゃうぞぉぉ!」


 白熱した格闘戦を繰り広げていたセブラスと湧音のバトルが、さらにヒートアップしていった。湧音の髪の毛が若干、逆立ち気味に伸び、身体中の体毛が毛深くなっていて、半分獣人のような容姿になっている。


 対してセブラスの方も、お尻の方からピョコンと虎の尻尾が伸びてきていて、機嫌が良さそうにフリフリと揺れ動いていた。


「なぁんか……嫌な予感がするわ。あいつ、すぐ調子に乗るのよね」つぶやいたシズカが、ジトリとした目つきで、二人のバトルを見守っている。


 と、湧音の連撃を手際良く捌いたセブラスが、後方に距離を取り、ググッと拳を握って身構えた。


「いくぞ狼小僧、受けてみよ! 

 獣帝咆哮掌セブラバスター!!」


 どこからともなくガォォォンという虎の鳴き声が響き渡り、一気に湧音との距離を詰めたセブラスの掌底から、黄金色に輝く虎のシンボルが浮かび上がった。


「ぐ…ぐぁぁぁっ!!」


 直撃した湧音が、凄まじい勢いで場外まで弾け飛んでゆく。オーロラの壁にガツンとぶち当たった湧音が、バタリと芝生の上に落ちて動かなくなった。


「あ、やべ。殺した」掌底を打った姿勢のまま、パキコリと固まるセブラス。


「何やってんのよアンタぁぁぁ!?」


 スパァァァン!! と、どこからともなく巨大な金棒を取り出したシズカが、セブラスをどつき倒した。


 ボゴッと派手な音を立て、セブラスの頭がコンクリートの地面に減り込む。


 うわぁ。痛そう。


「このくらいの手加減もできないで、何が絶対神よ!? 力の差は歴然だったでしょう! アンタがそんなんだから、私はいつもいつもその尻拭いで…!」


「ああああああああああ、ごめんなさいごめんなさい! あまりにスジが良かったもんで、つい楽しくなって……!」


「ついで済むかぁ!?」


 ボコボコと散々にどつき回されるセブラス。


 ご愁傷さまです。


 い……いやしかし、これはこれで蘇生機能を試すチャンスではある。


「ウィラルヴァ、湧音を蘇生できるか?」


『やってみる。少し待て……と、これだな』


 答えたウィラルヴァが、何かを操作したようだった。すると、


 ブン…! と湧音の身体が、薄く黄金色の光に包まれる。


 ムクっと起き上がった湧音が、ゴキゴキと首を鳴らしながら立ち上がった。


「ふわー。やっべぇやっべぇ。まだまだだなー俺も」軽い口調で言って、ニカっと屈託なく笑う。


 どうやら、何事もないみたいだ。蘇生効果は、問題なく発動したようだった。


 ふーむ。おそらくは……ここは現実世界とは隔離された特殊な聖域であり、死んだ後に魂が落ちる竜脈とも、隔離された場所であると。


 つまりはここで死んでも、地球の摂理での死んだ扱いにならず、魂は身体の中に残されたままになる。どこにも抜け出ることのできない状態だ。


 その状態で、身体の機能を元通りに治療できれば、あるいは失った部分を再生、もしくは復元できれば、生き返った、ように見えても同然の効果が得られるだろう。


 まぁ要するに、初めから死んでいなかったということだ。失われた身体を復元できれば、目を開けて動き回ることも可能と、そういうわけだ。


 だが、そうなると……


「ウィラルヴァ。神力、だいぶ持ってかれたんじゃないのか?」


 問いかけると、思っていたとおりの回答が返ってきた。


『お前にも分かる基準で言えば、竜人形を一体、作るほどの神力が吸収された。私やお前にとっては、大きくはあるが、手痛い消耗ではない、と言ったところだが……』


 うーむ。この世界の神々……特に、小さな派閥の神々にとっては、相当の出費になる、って感じか。


 ……なるほど。これもまた、ハンキチ爺さんの狙いなのかも知れないな。普段から神力を確保するのに躍起になっている神々に、さらに神力を無駄遣いさせ、世の中を混乱させてしまおう、などと考えているのかも知れない。


 まぁでもそのくらいなら……神々がちゃんと、分別を持って行動してくれれば、それだけで解決できる問題ではあるか。


 さすがに、生活費や子供の給食費までを博打パチンコに注ぎ込む人間のような、狂った神はおるまい。心配しなくても大丈夫だろう。


 ……大丈夫、だよな? まさかねー。まぁいいや。仮にそんな神様がいたとしても、自業自得と言うしかない。


 さぁて。そうなると次は……


「ウィラルヴァ。他のフィールドや、銃とか剣とか、個別に持たせられる装備、あと特殊能力なんかも、一通りテストしたい」


『分かった。それでどのくらい、神力が消費されるのかも、知っておきたいしな。順に試していこう』


 その後、指定したプレイヤーに持たせられる武器や能力、その他のフィールドや、投げ銭機能など、ゲームに設定されたあらゆる機能を、一つずつ試していった。


 どれも特に、これといった問題はなさそうだ。強力な武器や能力ほど、神力の消費は激しかったが、どれも使い方次第では楽しく……じゃなかった、ええーっと。


 とにかく、結局のところは大きな派閥の方が有利に働く機能であったし、自分達に有利な、特殊なフィールドを構成しようとすれば、やはりそれなりの神力を支払わなければならなかった。


 大きなビルの立ち並ぶフィールドで、全員が銃のみ縛りで遊んだゲームは、楽しかったなぁ。まるっきりFPSのリアルサバイバルゲームだ。真樹さんなんかめっちゃエイム良かったし、湧音とタマちゃんは避けまくって全然弾が当たらんし、セブラスは考えなしに凸って毎回カモだったし、蛇貴妃は物陰に潜んで突然狙撃してくるし、シズカはビルの屋上から一発で射抜く恐ろしいスナイパーの才能を……おっと。ゲホンゲホン。


 遊んでいたわけじゃないんだよ? テストだからね、テスト。あくまでも。


 とにかく。そんなこんなで、これはとても楽しいゲームなのだと……違くって、


 使い方次第では、十分に価値を見出せる代物だということが判明した。


 しかし、あれだなぁ。このゲーム機、なんか特別な名称が欲しいところだね。


 神々に提案するまでに、なんか良い名前を考えておこう。

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