--色褪せた手記を見つけた。


--読みますか?


「はい」



ふと、煙の香りがする時があるのです。

何の前触れも無く、突然に。


煙、と言っても_____それを聞いて真っ先に思い浮かべるような不快な匂いではなく、線香のような、或いは焼香のような、そんな香りです。


火の元が周りにある訳でも無いのにするその香りは、決まって身近な故人を思い起こさせます。ある日は軽トラックごと身を投げた叔父を、ある日は病で命を落とした曽祖母を、顔にぼんやりともやがかかった曖昧な記憶のままに思い出すのです。


その香りに気付いた日には、決まって夢に故人が出てきます。何かをこちらに呼びかけていて、何かを伝えていて、私がそれに頷いている夢です。


けれど、夢というものは、死というものは、限りなく非情でした。


朝になれば、時が経てば、また記憶は掠れゆく。薄れゆく。


声も、その顔も、私にしてくれた事さえも、ただ止まることなく遠のいていくだけ。


_____よりによってそれを思い出す引き金が、もうその人の居ない場所の_______煙の香りである程には。



--この頁の手記はここで止まっており、紙の端にわざとらしく焦げさせたような跡がある。


--手記を閉じますか?


「はい」


--静かに手記を閉じた。


--どこからか煙のような匂いがする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る