第35話必ず(百合編)

「森さん、なんでここが!」

「まあ、いいからちょっとかけて」

「う、うん」


 使用人の柚木がキッチンで様子を伺っている中、リビングで森さんがなぜここに来れたのか聞いた。

 私がランソワールに電話した後、折り返しの電話で私がここにいる確証はないが、多分いるだろうという目処を立てたらしい。

 その上で、勝田店長の提案もあり、恭吾が来るわけにいかず、友達ならば訪れても不審がられないのではないかと言うこと。

 もし断られるようならば、「警察に行く」とマンションのインタホンで行ったらしいこと。すると扉は開かれたという。

 小声で話す森さんも私が好んでここにいるわけではないことを悟っている様子だった。


「で、今なら外出可能じゃない? 出て戻ろうよ。みんな心配してるよ?」

「………」

「浮かない顔して、どうしたの百合」


 森さんが心配するのも無理はない。みんなからすれば、1ヶ月も行方不明と同じ状態だったから。私は少し考えを変えた。


「い、今は戻らない」

「な、なんで」


 柚木を気にしながらも、小声で父が倒れたこと。そして父の願いである高津との婚約のことを話した。高津に対し今も気持ちはない。だから父を説得できるまで恭吾には待っててほしいと森さんに伝えた。


「そ、そんな無茶苦茶な。あなたのお父さん、私嫌いだわ」


 森さんがそう言うのも無理はない。そう思われても、私はこれでも家族なんだと自分の不運を呪いながらも、そうする他にない旨を伝えた。婚約は、受け入れずに解決する方法。父を説得して、私は恭吾の元へ戻ることを誓った。


「そんな簡単にいくのかな。とにかく一旦京都に戻ろうよ。私たちが手伝ってあげるから」

「えっ? たちってどう言うこと?」

「えへへっ」


 森さんは笑うと携帯を取り出し誰かに電話した。


「ああ、警察ですか? 人が拐われたんです。ええ、今、今ですよ。ここですか?」


 大きな声をあげて柚木の方を向く。

 柚木はそれを分かったのか顔を手で覆い「クソッ!」と一言だけ言った。


「今、高津って人の高層マンション階数は32階です。住所は神戸市灘区◯◯……」

「おい、何やってんだ」


 柚木が突然森さんの携帯を取り上げた。


「もしもし、どうされましたか。もしもーし」


 携帯を切る柚木。そして森さんは柚木に勘弁したらしく手を挙げた。その代わり私にウインクをして、大丈夫という合図を送った。


「ったく、たまったもんじゃないな。友達っていうから入れてやったのに。どこに電話してんだ」

「そろそろくると思うよ」

「なっ、何が」


 そうすると、部屋にチャイムが鳴り響く。


「ほら、来た。警察」

「き、貴様」


 柚木はインターホンのテレビ電話に釘付けになった。


「お前、何をした。早すぎるだろ」

「しらなーい」


 森さんは白々しく声を出す。そして柚木のところへ行き「携帯返して」と腕から携帯を取り戻す。

 インターホンの画面を見ると警官らしき服装の人物二人組が来ていた。


「お宅から内通があったのですが、出ないなら捜査員を呼びますが、よろしいですか?」


 柚木は、渋々1階玄関口を開けて、エレベーターを1階へ下ろす。玄関口のチャイムも鳴った。森さんは柚木を先に行かせて、私を一番後ろにつかせた。玄関の扉が開く。


「県警ですが、連絡があったのはこのフロアで間違い無いですか?」

「あ、いえ……」


 柚木はそう答えたが、後ろの森さんが勢いよく玄関口に私の手を取り飛び出した。

「私たち拐われたんです!」

「やっぱりここか。大人しくしてろ」


 声がどこかで聞いた声だった。


「開放すれば見逃してあげますよ?」


 こちらも聞き慣れた言葉だった。


 柚木は玄関を閉めようとする。すると足で扉を挟み、扉を強引に開けた。押し問答になり、私たちは一人の警官により玄関からエレベーターへ移動する。

 するとエレベーターはプラスチックの警棒で引っかかり、扉は閉まっていなかった。


「オラァ!」


 何やら雄叫びが聞こえた後、もう一人の警官もエレベーターに駆け込んで来た。

 エレベーターは1階まで降りる。

 だけど私は、その警官の手を振りほどいた。


「どうしたんや!?」


 聞き返す警官。いや警官姿の恭吾だった。

 そうわかっている。助けに来てくれたのは、恭吾と森さんそして勝田店長であることを。だけど、私は立ち止まった。


「すぐに追いつかれる。早く、車に乗って」


 その言葉に私は返事をした。


「必ず戻るから。それまで待ってて」恭吾に言った。

「何言ってんだ。今、逃げないと戻れないかもしれないぞ」

「まだお父様を説得できていない。だから戻ることはできない。必ず。必ず戻るから」


 私は力強い意思で恭吾たちに言った。柚木が後ろから追いついて来た。森さんや恭吾たちは走って逃げる。


「必ずだからな!」


 恭吾の声がこだまして車へと消えた。

 私は柚木に手を握られた。部屋へ連れ戻そうとする柚木がいた。


「戻るわよ。離して!」


 柚木の手を振り切って、私は自ら部屋に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る