第19話狐の嫁入り

 ひったくり犯が逃亡した後、ひったくりにあった女性とデートしていたと、勘違いする百合がいた。その間に挟まれ、尚且つ現れた警官にも勘違いされ、俺も含む3人は、一度四条交番まで警官と同行した。


 そこで犯人の特徴など事情聴取を受けた。その後、女性に再度謝りを入れられて解放され鴨川沿いにいる。パンプスの底がへし折れた状態の百合が俺の肩に寄りかかりながら歩く。


「ねぇ、靴屋無いかな」

「三条に行きゃあるよ。もう少し辛抱して」

「買ってくれるんでしょうね」


 怒りの感情を露わにしながら目つきを鋭くする百合だ。しかし俺は財布を投げたことで、男に財布も取られてしまっていた。


「今度返すから、お金貸してくれない?」

「あーあ、初デートでお金貸してなんて初めて言われたわ」

「ごめん」

「いいけど、十一ね?」

「はあ、金貸し屋かよ。ミナミの帝王にでもなったつもりか?」

「だったらどうする?」

「似合わねーよ。風貌がお姉さんじゃね?」


 そんな褒めたような嫌味のような言葉を投げかけると、百合はいきなり甘えた声で「おんぶ!」と言ってくる。四条大橋を渡りきった付近で急に俺は屈んだ。


「ほれ!」


 その言葉に乗ったつもりが、逆に怒りを買うことになった。

「あのね。人混みで恥ずかしい」

「お前が言うたんやろ。乗れよ。靴屋まで運んでやっから」


 一方的な押し付けを覚めた目で見る百合だ。しかし俺の微笑む顔に堪忍したのか、しぶしぶ俺の背中へと体重を乗せた。


「重っ!」

「ちょっとー。それ、女性に言う言葉じゃ無いでしょ。もっと食べて大きくなりなさいよ。力不足ね」

「うっさいな! 乗るのか乗らなのかどっち?」


 グッと体重がかかる。屈んだ背中に百合の胸の柔らかさに力が抜けそうになる。

「気持ちいいな」

「ちょっとー、今、エロいこと考えたでしょう?」

「…イケナイ? 気持ちいいぞ? お前の胸」

「はっきり言うな! 恥ずかしい」

「うーん、Eカップぐらいあるやろ?」

「コラコラ! 勝手に測るな!」


 四条大通りを曲がる。ゆっくりとした足取りで人の視線を一手に受けながら歩いていた。


「あっ、プーマあるよ?」


 その言葉に、百合はパンプスじゃ無いと嫌だと駄々をこねる。仕方なくロフト方面に向けて歩き出す。


「なぁ、さっきから視線感じない?」

「そりゃあ、おんぶじゃね?」

「否、男の視線がすげーよ。多分パンツ見えてんだよ」

「えっ!? ヤダ下ろして」


 急に俺の背中で騒ぎ出す百合だ。


「下ろしてよ。自分の彼女の恥ずかしいところこれ以上みたい?」


 その言葉に俺はすんなりと百合を下ろした。ゲームセンターの前の小さなベンチにケンケン走りをしながら腰掛ける。手招きで俺もそのベンチに座った。


「ねぇ、ちょっと話して欲しいな」

「うん? 何を」

「何故あの時、助けようとしてくれたか?」

「それ、こないだも言ったやろ? 悲鳴を聞いた時、助けないとって思ったから」

「本当にそれだけなの?」

「ああ、そう言ったし、嘘は無いよ」


 微笑む百合がいた。この日初めて百合の笑顔を見た気がした。気分は少し乗ってきたと思いきや、空は晴れているのに突然ポツポツと雨が降り出してきた。百合は突然両足のパンプスを手で持ち、ベンチから走り出す。


「どこ行くの」


 俺も後を追うが、百合は「鬼ごっこ」と言いながら狐の嫁入り空の中、大通りへと駆け抜けて行く。


 ちょうど大通りにたどり着くとタクシーが待ち構えていた。百合は手を挙げて突然乗りドアが閉まった。後部座席のウインドウがゆっくり下がる。


「じゃあね。今日はここまで、おんぶありがとう」

「えっ!? 帰るの?」

「うん。靴無いとやっぱりだめだわ。また連絡する。お金貸してあげるわ。気をつけて帰ってね」


 俺は、彼女から一万円を差し出されて、それを何を言うことなく受け取る。

 百合を乗せたタクシーはそのまま走り出した。

 俺は、あっと言う間に過ぎ去った初デートと百合をおんぶした腕の感触だけ味わった手を振りタクシーを見送った。


 その直後、狐の嫁入り空から暗雲立ち込めた空に変わり、本格的に雨が降り出してきた。風も吹き、びしょ濡れになりながら四条駅へと走り出した。

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