第18話むちゃくちゃ

 一瞬の判断で男の後を追う。男は前から来る人々にぶつかりながら必死に走る。俺も後を追って人々を避け声を張り挙げる。


 十メートルぐらい進んだ付近。寺町通りへと右へ曲がる男がいる。俺も人にぶち当りながら、謝りを入れながらと必死だった。


 パン屋と服屋を通り越した辺りで、見慣れたロングヘアでジーンズシャツに白スカートの女性。


「あっ、男捕まえて、三隅さん」

 百合が振り向く。途端に男が百合にタックルをかます。

「キャ!」


 振り向いた百合が男に当てられて転ぶ。

 俺は百合の事も気にかかったが、男を追う。百合にぶち当たったことで、男はスピードを緩めた。

 イケると踏んだ俺は、百合を通り過ぎた辺りで男に、後ろポケットから財布を取り出し、後頭部目掛けてブン投げた。


「アウッ」

 鈍い音とともに男の唸る声がする。姿勢が後ろにそれたところで、飛びかかった。それと同時に百合の「何通り過ぎてんのよ。痛いじゃない」と後方から聞こえた。

 それどころの騒ぎじゃ無いことぐらい分かれと言わんばかりに、俺も叫んだ。


「こなクソッ、捕まりやがれ!」


 男の足元にタックルして男が転んだ。周りの人たちは何事かと、眺めるばかり。男は顔面から落ちたものの、手をつきそれでも前へと前進する。

「ハッハッ」

「ウググググッ、けっ警察、誰か!」


 必死に男の足元をつかみ、周りに叫ぶ。通行人の一人の男性が、携帯を取り出し電話しているようだ。俺も必死だが、男は持っていたバッグを俺にブン投げた。頭にバッグが当たり痛みが走る。


 その瞬間、男の靴が脱げて、足蹴りを顔面に食らった。鈍い痛さが襲う。手で顔を抑えると、男は直ぐさま立ち上がり周りの制しも虚しく走り去る。


「大丈夫ですか!?」


 バッグを取られた女性が近づき、声をかけてきた。それで我に返り、女性の方へと顔に手を当てながら上を向いた。

「あっ、だっ大丈夫っす。それよりバッグ戻って良かったっすね」


 地面に落ちていたバッグを女性に渡す。すると女性は中身を確認していたが、慌てふためた様子で「財布が無い」と叫ぶ。

「ええ! マジっすか」


 そう声を張り上げた瞬間。後ろから女性のパンプスが飛んで俺の背中に当たり、またもや痛みが走る。痛がりながら振り向くと……。


「冗談じゃ無いわよ。私のパンプスどうしてくれんのよ」


 マジギレのお嬢様。百合が大声を挙げて、俺を睨みつけていた。通りすがりの女性が叫び、百合が叫ぶ姿に、周りの通行人も集まり出し大注目の視線が降り注がれる。


「あ、あのさ、それどころじゃないの。わかる?」

「わかんない。どうしてくれんのよ。私のパンプス、まだ新しいのに」

「知らねーよ」


 周りの通行人の男性が、俺に向けて声をはりあげる。

「兄ちゃん。二兎追うもの一兎も得ずやで?」

「はあ?」

「兄ちゃんも隅に置けんな?」

「ちゃうます。そんなんちゃうって」


 人だかりがさらに人だかりを呼び。大注目の視線を浴びながら、バッグを持っていた女性は俺に頭を下げた。それをみた百合が、また叫ぶ。


「この人誰よ? 私とデートなのに、別の人ともデートしてたの?」

「はあ? 勘違いにも甚だしいな」

「だって、いきなり謝るなんておかしいじゃ無い。さっきの男と揉めてたの、この女性のせいでしょ」

「そうだけどお、事情が違うつうの」


 バッグの女性が申し訳なさそうに手を差し出す。

「立てますか?」

「あっありがとうございます」


 手を差し出されて手を伸ばすと、百合がその手を跳ね除ける。


「痛え! 何すんの!?」

「何じゃ無いわよ。私というものがありながら、他の女に」

「アホかお前は」

「アホアホ言うな。この浮気者」


 そんな痴話喧嘩をしていると、制服を着た警官が走って現れて、いきなり俺が座り込んでいるのを見て言い放った。


「泥棒は貴様か」

「ちげーよ。よく見ろよ。アホ」


 警官に対しその反応。それを見た周りの観客たちが大爆笑を起こしていた。

 正直メチャクチャな初回デートの始まりになりそうだ。もちろん百合は一方的に怒ったままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る