第10話両手を天へ

 フロントに店長室から内線がはいった。すぐさま上がって来いと促された。休憩後俺は何事もない様にフロアに出て接客中だった。


 夕方から今日は続々とアルバイト達がタイムカードを押しにフロントカウンター横の階段を上がり、店長室へと流れる。

 俺はそれを横目に接客していた時だった。突然の呼び出し。何もしてはいないはずだが、急に呼び出されると緊張が走る。


「入ります」


 ノックをして店長室の扉を開けた。


「あぁ、お疲れ様。あのさ、 今日はもういいよ」

「えっ?」

「えっ、じゃなくて、上がっていいよ。バイト君達いっぱいだし」

「あぁ、はい……」

「それだけ」

「はぁ」

「あれ? 上がんないの?」

「いいんですか?」


 そんな言葉を返した時だった。三隅百合が店長室にノックして入ってくる。


「交替なんで、今日は失礼させてもらいますね」

「おう、お疲れ様。初日はどうだった?」

「まぁまぁです」

「そうか、お疲れ様」

「はい、お疲れ様でーす」


 何事もなく、店長室から出て行く三隅百合。俺はそれをただ見ていた。すると店長が「何をじっとしてるの」と言わんばかりの目つきで俺を見ている。


「残業代つかないけど、やる? やるならいてもいいよ」


 そんな言葉が嬉しいはずがはい。俺は頭を下げてロッカールームへと消えた。何か出来すぎている様ないない様な感覚を味わいながら着替えを済ませて店を出た。

 休憩中、三隅百合のいきなりの告白だ。その時待ち合わせ場所を言われた。遅くなるとは言ったがほぼ同時の退社した。


 「待ってますから」


 あの時の言葉を頼りに俺は四条大橋を目指して歩き出した。

 週末のせいもあり、やけに人が多い。車も大通りでは渋滞していた。まだここに来てから2ヶ月。裏道を使えば早くつくのだろうが、まだ裏道を覚えるまでには至っていなかった。


 俺は大通りを真っ直ぐに四条大橋を目指した。雨も上がった夕日が落ちようとしていたその空。オレンジとグレーが入り混じったなんとも言えない雨開けの空模様だ。それに今日はやけに風が強い。


 四条大橋の袂まで近づくとある人混みの中にぽっかりと空いたスペースがあるのが見えた。そのスペースのちょうど真ん中。両手を天に翳す様に挙げている人物がいる。

 それは通常の人の背丈とは違う高い高さ。一瞬目を疑った。だが、周りの人達が眺めているのは、陸橋の格子の上に乗る女性だ。それは紛れもなく三隅百合だとすぐにわかった。一人の男性が声をかける。


「お嬢さん、早まるな」


 周りの人だかりの中にポッカリと空いた空間は、人を引きつけようとしない三隅百合の姿だ。俺は慌ててそのポッカリと空いた空間に飛び込み叫んだ。


「三隅さん、何やってんの」


 その声にも黙ったまま手を翳す。一瞬の動揺。三隅百合の上半身が前かがみになる。


「三隅!」


 叫んだ瞬間に俺は彼女の腰をつかもうと飛びかかっていた。

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