偶然と必然

 「私ね、本当に見えた気がしたんですよ」


 「紅葉がですか?」


 「えぇ。一週間前にもお話ししましたが、夢でね。見た事もないのに、おかしな事言ってるなぁって、自分でもわかってるんですけど、こう、上からふわぁっと、暖かくて青臭くて、柔らかで軽いものが、細かい嬉しい音をたてて全身を包んでいくんです」


 「えぇ」


 「ここの紅葉はラジオでもよく聞くし、ほら、有名じゃないですか。だから、生まれ故郷のここにくれば、何かが変わる気がしたんです」


 「……前回の時に言いそびれてしまったのですが、実は私も、夢で見えたような気がしてここにやって来たんです」


 「ええ! なんで言ってくれなかったんですか!」


 「だって気持ち悪いじゃないですか! 甘い香りの女性ならいざ知らず、こんなすえた老人が、そんな偶然でここで出会うなんて」


 「木下さん。人生で起こる事は、全て必然なんですよ」


 「スピノザですか」


 「ご存知でしたか」


 「こう見えて私、けっこう読書家なんですよ」


 「お互い、見えませんけどね」


 「もし見えたら、エルトンジョンみたいに歌えたのでしょうかね」


 「私は、レイチャールズみたいに歌えてもいないので、多分、このままです」


 「私、エルトンジョンみたいに歌いたかったなぁ」


 「私も、レイよりエルトンジョンの方が好きです」



 「綺麗だったなぁ、あの紅葉は」


 「えぇ。とても、綺麗でした」

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