ど忘れとごま豆乳

 「……木下さん。今、もしこの紅葉が見えたとして、ここにピアノがあったら、何の曲を弾きたいですか?」


 「見たことのないものを想像して、曲を思い浮かべるのですか?」


 「えぇ」


 「なんだか恥ずかしいなぁ。あ、そうだ。せーので、同時に言いませんか?」


 「私もですか?」


 「自分から振ったのですから、当然でしょう」


 「分かりました。それじゃあ、せーので行きましょう」


 「はい。それじゃあ行きますよ。せーの」


 「亡き王女のた」

 「パヴァー」


 「……私、そんな下の句みたいな言い方、初めて聞きましたよ」


 「面目ない」


 「しっかりして下さいよ。同い年じゃないですか」


 「いや、言う直前でど忘れしてしまいまして」


 「そんな風だから、白杖と傘を間違えて家から持ってくるんです」


 「何を言うんですか。傘だってねぇ、この曲がった柄の部分をこう握ってこう振れば案外遠くの方まで」


 「何をしてるのか全くわかりませんってば。音で判断するにしても、初体験過ぎて分かりません」


 「そんなことを言ったって、もう還暦近いんですから。霧生さんだって危ないんですよ」


 「私は大丈夫です。毎日、ごま豆乳飲んでますから」


 「そんなもんでしょうか」


 「そんなもんなんですよ」

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