第29話


 コートの上で白いボールを追いかける。

 ただそれだけに青春をかけることをむなしいとは言わない。

 その行為に価値を見出し、己を鍛え、精神を高める。


 それは紛れもなく立派な行いだ。


 熱心に熱意と情熱をもってバレーボールに打ち込む彼らは素晴らしい。

 その熱い気持ちがあればこそ、痛みや疲れも忘れて打ち込めるのだろう。


 では、熱意も情熱もない俺はどうやってそれを忘れたらいいのか?


「やったぞ! 成嶋ぁぁぁぁ!」

「また一点返したぞ!」


 コート内ではしゃぐバカ五人に対して俺の方は割と限界に近かった。


「お前ら、マジふざけんなよ……」


 体力の余っている五人は得点を重ねた俺をたたえるべく集まってきているが、俺はまともにそれに応じる気力も湧かない。


「イケメンは死ねばいいと思っていたが、お前は別だ!」


 そうか、俺はお前に死んでほしいけどな。

 なれなれしく肩を抱く坊主頭にうらめしい視線をぶつけるが、テンションの高いアホには通用しない。


「というか、マジ勘弁しろよ……」


 呼吸を整えながら俺は何とか言葉を紡ぎだす。


「なんで、レシーブとトスとスパイクの三つの内、トス以外の二つを俺がやってんだよ!?」


 バレーの基本動作である3つの内の2つ。そのほとんどが俺に集中していた。


「だって、誰もバレー部の玉受けられないんだもん」


 だもんじゃねーよ。

 もはや口に出してツッコむ体力も節約しなければならない。


「俺らのスパイクは全部弾かれるしな」


 お前らこれで勝てると本気で思ってるのか?

 その身勝手な言い分に非難の声を上げたいが、もはや何を言ってもこいつらには届かないだろう。


「第1セットは落としたが、この第2セットは絶対に取るぞ!」


 坊主のアホがそのようなことをのたまっているが、それはつまり第3セットに突入するという事であり、俺の苦行の時間が更に伸びると言うことだ。


「お前ら後でなんか奢れよ……!」


 どう考えても運動量が不公平だった。何かしらの見返りがなければやってられない。


「おう、勝ったら奢ってやる」

「負けても奢らせてくださいだろコラ」


 いつもならここでアイアンクローだが、そんなことをしている場合では無かった。

 もうすぐ試合再開だ。


 ポジションに戻ったところで両チームの応援合戦も再開される。


「ナルくーん! がんばってー!」

「…………」


 マエの元気な応援と、久遠の無言の声援が今の俺の原動力かもしれない。

 そして、ふと気づいてみればクラスの女子のほとんどが俺の名前を呼びながら応援している。

 バレー部相手に善戦している姿が正しく評価されたのだ。恩知らずのチームメイト五人と違い、うちのクラスメイトはちゃんと頑張っている人間を見ている。


「くそ、腐れ野郎が」

「これだからイケメンは……」

「我慢しろ、二上さんに勝利を捧げるためだ」


 すぐ近くで聞こえる恨み言に若干キレそうになりながらも俺は試合を続ける。


 しかし、残念ながらというより当然の様に試合は敗北に終わる。

 うなだれる五人に対して俺はようやく苦行から解放された晴れやかな気持ちだった。


「あー……もうなんもしねー」


 体育館の壁にもたれかかった俺はしみじみそう思った。

 俺から少し離れた位置にはバカ五人組が座っており、坊主頭が泣きながら何か呟いている。


「くそぅ、二上さんにアピールするチャンスが……!」


 もしあれで勝っていたとしてそれは何のアピールになるのか。


 しかし、そんな願いが叶ったのかこちらに向かって一人の女生徒が歩いて来る。

 それは、二上双葉その人だった。


 その様子を見ていた五人は大して疲れてもいないのにそれぞれが今にも倒れそうなほどの頑張ったアピールを始めた。


「皆さん、お疲れさまです!」


 二上は壁を背にへたり込んでいる俺の前に立つと、バレーのメンバー全員に向かってそう言った。

 おそらく、踊りだしたいくらい喜んでいるであろう五人は何とか頑張ったアピールを継続させている。


「成嶋くん、お疲れさまでした。こちら、よかったらどうぞ」


 そう言いながら、二上は俺の前にしゃがみ込むと手に持った紙コップとタオルを俺に手渡した。


「スポーツドリンクです。水分補給は大事ですよ」


 俺は受け取ったそれを一気に呷る。

 染みる様な美味さだった。


「あー、生き返る……」


 心からの言葉だった。

 ちらりと視線をバカ五人に向けると今度は必死に喉が渇いたアピールをしている。しかし、二上はそれに気付かない。

 俺もそれを無視して、滝の様に流れる汗を受け取ったタオルで拭きながら礼を言う。


「ありがとう、美味かった」

「それはよかったです。頑張って作った甲斐がありました」


 その言葉にバカ五人の動きが止まる。

 俺は恐る恐る、頭にわいた疑問を口にする。


「……二上が作ったのか?」

「はい、先生から熱中症対策のドリンクの管理を任されましたので。私、粉末タイプのスポーツドリンクを作るの結構上手なんですよ!」


 右手でかき回すような仕草をする二上の一挙手一投足を食い入る様な視線でバカ五人が見ている。

 俺は、“素手でかき回しているわけないだろ”とツッコみたい気持ちだったが、今の五人が素直に納得するとは思えなかった。


「二上さん! 僕らも飲みたいです!」


 とうとう痺れを切らした坊主頭がその言葉を口にした。

 そしてその言葉の裏に、二上の手ずからドリンクを注いでもらい、手渡しされるのを期待していることが透けて見える。


「すみません、私が作った分はこれで最後でして。ですが、いま保険の先生が用意してくださってますから」


 しかし、現実は非情だった。

 バカたちの落ち込みようはバレーに負けた時の比では無かった。


「では、私は失礼しますね。紙コップはお預かりします」


 飲みほしたゴミをさり気に回収する心遣いまで見せて二上は去って行った。

 そして、残されたバカたちは墓場から蘇ったゾンビを彷彿とさせる動きと、死んだ魚のような目をしながらゆらゆらと立ち上がっている。


 さらに、俺の前を通り過ぎる際に不穏な言葉を呟くのが聞こえた。


「やはりイケメン殺すべし」

「成嶋、誅すべし」

「後で殺す、必ず息の根を止める」


 親の仇を見つけたかのような気迫を漂わせてバカ五人組は消えた。

 俺は、もはや怒る気力もなく、ただ体力を回復させることを優先する。


 球技大会はまだ終わらない。

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