第28話


 学校行事に熱意を向けられる人間とはどのような人間か。

 みんな一度は遭遇した事は無いだろうか?


 合唱コンクールで、不真面目な男子の態度に怒り、涙を流しながら“みんな真面目にやってよ”と訴えて教室から走り去る女子生徒の姿を。

 ちなみに俺は、そのあと“ああいうのマジ無いわ”とか“ああ、またやってるわ”という様な言葉を、凍てつくような声色で話す女子生徒まで観測している。


 まぁ何が言いたいかと言うと、そういう場で熱意を傾けられる人間とはひと握りな訳でそしてそういったことは義務教育と共に卒業するのだ。


 だから、俺が球技大会に熱意を持ってないのは仕方のないことなのだ。


 しかし、残念かな。多くの男子生徒が俺と同じだと思っていたのに、その願いは裏切られることになる。


「みんなー、がんばってくださいねー」


 多くの生徒が集まり、コートの上では男たちによるむさ苦しい戦いが繰り広げられている体育館。その喧騒の中にあって、二上双葉の黄色い声援は確かに男たちの耳に届いている。


「よっしゃやるぞお前らぁぁぁぁ!!」

「おっしゃぁぁぁぁ!!」


 数分前まで今にも寝転がりそうな雰囲気だった俺のチームメイトたちは、まるで世界選手権決勝の様な気迫と熱気に溢れていた。

 二上双葉の声援は男子生徒たちに奮起をもたらしている。


「お前ら、正気か?」


 ただならぬ雰囲気に思わずそう訊ねてしまう。


「正気で戦ができるかぁぁぁぁ!!」

「いや、バレーボールだからな」

「ぶち殺してやるぜぇぇぇぇ!」

「バレーボールだぞ?」


 視線をコート脇に向ける。女子側の試合開始時間を待っている同じクラスの女子生徒たちが暇つぶしを兼ねた応援に集まっている。

 久遠とマエの姿もその中にはあった。俺の視線に気付いた二人は、マエが両手を大きく振り、久遠が片手を小さく挙げて応援してくれている。


 そして、重要人物。声援だけでドーピング効果を発揮する女、二上双葉だ。

 二上双葉は、学校指定の体操服を身に纏っている。華奢だが女性らしさを控えめに主張する身体つきが、薄着の体操服では遺憾なく発揮され男子生徒を惑わす。

 その最たる部分と言える脚線美はひざ上まで隠す白いソックスに覆われているが、短いズボンとソックスの間の肌を強調し多くの男子生徒の視線を釘付けにして離さない。


 切りそろえられた栗色の髪を揺らし、一生懸命応援する姿は相手チームの嫉妬心を大いに煽っている。


「はぁ、面倒くさい……」


 自チームにおいて唯一平静を保っている俺としては、さっさと負けて休憩したいところだ。

 しかし、それは許されない。

 ここで手を抜けばいきり立った男子生徒たちに血祭りにされかねない。


「やるだけやるしかないか」


 そして、いよいよ試合が始まる。

 最初のボールは相手チームからだった。

 そして、試合開始のホイッスルが鳴ると相手チームがサーブを打ち込んできた。


「よっしゃこいぃぃぃ!」


 C組でもっともテンションの高い坊主頭の男が叫ぶ。

 すると、打ち込まれたボールは凄まじい速さでその男の横をすり抜けあっさりと相手チームの得点となった。


「おい」


 やる気と実力のあまりの乖離に俺は思わず声をかけた。


「いやいや、まぐれまぐれ!」

「よっしゃいくぞお前らぁぁぁぁ!」


 そして、次のサーブもあっさりと得点とされる。


「お前ら口だけか?」


 うなだれる五人に容赦のない言葉を浴びせる。


「だったらお前とれや!」

「このまま負けたら二上さんに嫌われるだろうが!」


 動機が不純すぎる。球技大会開催の時に校長の言っていたスポーツマンシップの精神は欠片もない。

 とはいえ、このまま何もしないのも気が引けた。

 ここは、この成嶋鳴希の身体スペックを発揮するタイミングなのだろう。


 ポジションはそのままだが、俺は守備に集中することにした。

 そして、相手チームの三打目が撃ち込まれる。


 素人のそれとは思えない軌道を描くサーブだったが、なんとか反応してレシーブする。


「これで良いだろ!」


 打ちあがったボールは十分捉えられそうだ。


「よくやった成嶋ぁ!」

「後は任せろ!」


 残りの五人がボールに向かう。一人がトスをあげるとボールは絶好の位置へ。


「しねぇぇぇぇ!!」


 坊主頭の男子がおよそスポーツの掛け声とは思えない叫びを上げてジャンプする。そして、その右腕をボールに叩きつけようとして。


「あっ――――」


 スカッた。

 ボールはそのままこちらのコートに落ちて相手チームの得点へ。


「「ふざけんなてめぇぇぇぇ!!」」


 倒れ込んだ坊主頭が他の四人からリンチまがいの制裁を受けている。

 その姿を見て俺は思った。


「これは負けるわ」


 二上双葉の応援の結果、一致団結するどころか空回りしている。

 言葉だけで男を転がす魔性、恐るべし。

 しかし、このまま負けるのは恥ずかし過ぎる。俺も仲間扱いされたらたまらない。


「お前ら、落ち着け。このままだと負けるぞ」


 俺の指摘は完璧に的を射ていた。


「負けるとなんだ? 二上に嫌われるだったか? 良いのかそれで」


 そして、その言葉は奴らの頭を冷やすに十分だった。冷静さを取り戻した五人は先ほどの愚行を反省したのか何やら相談事をしている。


「成嶋」


 坊主頭が五人を代表して俺の前に立つ。


「俺たちは間違っていた。みんなで協力して勝つぞ!」

「おお、やっとまともなことを」

「相手チームは6人中4人がバレー部だが、やりようはある!」


 ちょっと待て。その情報は初耳だぞ。


「あぁ! バレー部と言っても所詮は一年生だ!」


 それ、負けるやつのセリフな。


「やりようはあるんだ!」


 やっぱり正気じゃない。バレー部相手に勝つ気でいる。

 勝手なことをのたまう五人が再び俺の方を向いた。そして坊主頭のアホがさらにのたまう。


「成嶋」

「なんだよ」

「お前みたいなイケメンに力を借りるのは業腹だが」

「は、なに? ホメてんの? 喧嘩売ってんの?」

「バレー部に勝つにはお前に頼るしかない」


 嫌な予感しかしない。

 そして、それが現実になるのはこの直後だった。


 球技大会はまだ始まったばかりだ。

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