第五章 当て馬ライバルは張り切らない
第26話
結局のところ、追い詰められた人間を救うのは土壇場の閃きや、火事場の馬鹿力なんていう都合の良いものでは無く。普段の積み重ねに違いない。
だいたい、誰も彼もがそんな都合よく眠れる力を発揮していれば少年漫画の感動は薄れ、ホラー映画の恐怖も滑稽なものとなる。
つまるところ何が言いたいのかと言うと、普段の授業は真面目に聞いておけと言うことだ。
テスト期間も終わり、返却された答案によって突き付けられた現実は人によって違う。
良い意味で、信じられない人。悪い意味で信じたくない人。俺は喜ばしいことに前者の人間だったわけだ。
「ナルくん、なにこの点数」
俺の答案を見たマエが信じられないものを見たよう言った。
テスト期間直後の休日、俺のバイト先にはいつものメンバーが集まっている。
壱岐と久遠、マエとアキトだ。四人は客として、俺は相変わらず仕事中なわけだが。
「答案はいいから注文を先にしろ」
俺の答案用紙を食い入るように見ているマエとアキトにメニューを突き付けながら言った。
「ナル君、自首するなら早い方が良いよ」
「どういう意味だおい」
「ナル君がこんないい点を取るはずないだろ! カンニングしたに決まってる!」
「決まってねーよ」
俺はやかましく喚いているアキトの頭を右手で掴んで力をこめる。
「いだだだだ! キマってる! 技の方がキマってるから!」
アキトが全身でギブアップの意思を示すので手を離してやった。
うなだれるアキトをしり目に横に座っている壱岐がメニューを指さす。
「俺、ブレンド」
「……私はアイスコーヒー」
続いて久遠も涼しい顔で注文する。悶絶するアキトなど視界に入っていないかのようだ。
「飲み物だけでいいのか?」
わざとらしく指摘する。
久遠は、さほど動じた様子を見せず淡々と答える。
「アップルパイ」
「アイスコーヒーとアップルパイ了解」
注文の品を書き留める。タイミングを見計らったマエが自分の注文をする。
「アタシはフルーツタルトと紅茶」
「はいはい」
すると、机に突っ伏していたアキトが起き上る。
「僕は――――」
「はい、クリームソーダ一つ入りましたー」
「まだ何も言ってないよ!」
「違うのか?」
「違わない」
全員の注文を書いた伝票をカウンターのモモさんに渡す。
俺は四人が座る席に近いカウンターの脇で待機した。
「それで、俺の答案用紙を晒しものにしたんだ。お前らはどうなんだよ」
お盆を片手に持ちながら腕組みをする。
俺の堂々とした態度にうろたえるのが若干2名。
「アキくんお先にどうぞ」
「いやいや、マエちゃんこそ」
レベルの低い争いが机を挟んで発生している。
そんな低次元なやり取りを無視して壱岐が自分の答案を机に広げた。
並んでいる点数は俺とそう変わらない。
「……普通だな」
「普通に勉強したからな」
しかし、その普通の点数は学力の心配な二人にとって大きなプレッシャーとなっているようだ。
「そのまま譲り合ってたら次は久遠のやつが出てくるぞ」
高得点であることが確定している久遠の答案が場に出た場合、大富豪よろしく低い点数の二人は落差が大きすぎて出すことができなくなる。
観念した二人は同時に答案を見せることにした。
「「せーの!」」
結果はまぁお察しの通りだ。
いくら自身が無いとはいえ……
「やったー! アタシの勝ちー!」
それは決して良い点数とは言えないが、期末で挽回すればそれなりの成績に収まる程度の値だ。
一方アキトは“赤点は余裕で回避したけどだからなに?”って感じの点数だ。ある意味救いようがない。
「はい、じゃあアキトの奢りな」
「えっ、そういうルールなの!?」
「バカそれじゃバイト中の俺に何のメリットもねぇだろ」
「だったら何で奢りとか言ったの!?」
ひとしきり遊んだところで俺は仕事に戻る。
あんまり遊んでいるとモモさんに捻り潰されそうだ。
軽く店内の清掃をしてから注文の品を四人に届ける。
その時にはすでに別の話題に移っていた。
「……球技大会?」
久遠が初耳と言わんばかりにそう呟いた。
自分の興味の対象以外は眼中に無いって感じだが、学校行事は覚えておいたほうが良いと思う。
「そうそう、次の木曜と金曜だよ」
隣に座るマエが久遠に詳しく説明をしている。先日のホームルームで説明されていたはずだが、久遠は聞いていなかったらしい。多分、本読んでたな。
この学校では運動系の行事が学期ごとに一回ある。
二学期は当然だが体育祭、三学期はマラソン大会。そして一学期に球技大会がある。
「種目はなんだった?」
もう一人、教師の話を聞いていなかった奴がいた。壱岐だ。
多分、この男は寝ていたのだろう。地味にあの席は教壇の死角なのかもしれない。
「男子はバレーと野球。女子はバレーとソフトボールだよ」
お勉強は疎くても先生の話をしっかり聞いているマエが説明している。テストの点数と生活態度はリンクしないのかもしれない。
そこで、俺はあることを思い出した。
たしか、漫画では球技大会で壱岐と二上双葉が接近する展開があったはずだ。
現在のところ、俺の工作が功を奏したのか、二上双葉と壱岐の間にいまだ接点は無い。俺の少ない成果の一つだ。
とはいえ、このまま成り行きに任せていたら、どんな結果になるかは想像できない。
相手はあの二上双葉だ。
ラブコメの正妻ヒロインというだけにとどまらず、クラスのマドンナ、学年で一番付き合いたい女生徒第一位、ぶっちゃけヤリたいランキング殿堂入りの女だ。
油断すれば全部掻っ攫われるくらいの女子力を持っている。
「ナルくん? 顔怖いけどどうしたの?」
そんな俺の心境が顔に出ていたのかマエが心配そうに見上げている。
「いや、別になんでも」
そうだよなんでもない。
笑顔一つで男子生徒4、5人だまくらかして、涙を流せばクラスの半分、すなわち男子生徒全員手玉にとれそうな最強ヒロインにどうやって立ち向かうか考えてただけだから。
あー、久しぶりに骨を折るか。
そう決心した俺は、漫画の展開を思い出しながら残りの仕事に打ち込むのだった。
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