A new era
第22話 死神の章
アカツキ・シオンが死神になってから、三年の月日が経っていた。幼かった背はミヤビを超え、鍛えた身体はダヴィを投げられるようになった。
十七歳になったシオンは、学校へは行かず、死神の仕事を毎日手伝っていた。世界中を飛び回り、想いを届けた。
たまにフリーアの教会へ行くと、会う度彼女は背を比べようとして、落ち込んだ。あのぶかぶかの修道服も、今ではすっかり着こなせるようになっていた。
シオンは既に、五つの国の言葉で会話ができ、八つの文字を覚えていた。それでもシーターやミヤビには遠く及ばない。だから毎日彼は、本を読んだ。
死神の手紙を使ったのは、家族に送った一通だけ。既に世を去った友や、家族に二通目を出すことはしなかった。
その日シオンは、台湾の死神郵便局にいた。もう手紙は送ってあって、三日間は待つ予定だ。聞き古した「タイヴァス」の歌を口ずさみながら、二人分の朝ごはん作りに取り掛かる。
「おはよう、シオン。今朝は随分と早いな」
「あぁ。昨日読んだ本が少し難しくて。早起きして調べてたんだ」
「ほう……。言葉の問題なら、行き詰まったら私に聞け。答えのヒントをやろう」
シオンお手製のパンケーキを食べながら、ミヤビはテレビをつける。地方のドラマがやっていた。
「違うよ。『愛』について考える本。いろんな想いがあったんだ。友達と同じ人に愛をもって、でも友達のことも好きだっていう。ミヤビは、愛はどこにあるとおもう?」
「昔言わなかったか?ここだよ」
シオンのリンゴを奪い取り、彼女は得意げに胸を叩いた。
「だがそれは、あくまで私の『愛』だ。手紙の内容と同じで、『愛』も人それぞれなのさ」
「……むずかしいな」
「あぁ。難しいのさ。だけどね、シオン。私たちは、それを見つけなくちゃならない。想いを届ける死神は、誰より愛を知らなければね」
そういう時、必ずミヤビは遠くを見る。シオンを見ているようで、どこか空へ消えてゆく視線が、シオンは怖かった。
夜になっても街は賑わっていた。市場の活気は昼より溢れ、美味しい屋台に、観光客向けの怪しいブランド品、水晶を祀った占い屋が並んでいる。
そんな喧騒とは道一本を挟んで、死神は小さな家の屋上にいた。
今回の依頼は、目の見えなくなった老人からだった。仙人として数々の栄光を誇ったという彼の、唯一の後悔。山で修行の最中、事故で亡くなった弟子に手紙を送っていた。
「あのばか者が……。ワシにあの事は気にするなと、何度も書いてあるわ。こんなジジイ、楽しみなのは昔を思い返すことだけじゃと言うのに……」
老人は、枯れた目で空を仰いだ。脚を震わせながら車椅子から立ち上がり、錆びた柵の上に立った。
走り止めようとしたシオンの腕を、ミヤビが掴む。老人は、折れそうにしなる鉄柵の上で微動だにしなかった。
月に手紙を手向け、彼はそれを破り捨てた。夜の海に、真白な紙が揺蕩って行く。
「ありがとう、死神さん。寿命一年と言わずもっと持ってってもええんじゃよ?もうこの人生に悔いはない」
「そう言いなさるな、老師。私が言うのもなんだが、世界はまだ楽しいものが溢れている。それらを謳歌してからでも、遅くはないさ」
「若いのにしっかりしとる。それじゃ、早速かわいいねーちゃんでも捉まえてくるかな」
シオンの目の前で、老人は柵から飛び降りた。慌てて下を見ても、そこには闇があるだけ。
帰りの車の中でも、シオンの頭は老人のことでいっぱいだった。
「あんな人もいるんだな。弟子に手紙を出したのは、あの人が最初だったっけ?」
「そうだな……。私も始めて、本物の仙人を見たよ。弟子か……。また知らない想いの形が増えたんじゃないか?シオン」
三年間で、シオンはたくさんの人と出会った。形の違う想いを知った。けれど、一つ山を越えれば、また違う世界が見えるほどに世界は広かった。
すっかり軽くなった段ボールを開く。数え切れないほどあった死神の手紙は、もう両手に収まる量になっていた。
「そろそろ手紙も補充するのか?どこに売ってるんだ?またデパートへ行くなら、俺も連れて行ってくれ」
郵便局の前に車を停めて、ミヤビは後部座席の段ボールを覗いた。
「シオン、君に問おう。君は昔、私の切手を取った。その時の約束、覚えているか?」
「俺の全てを、ミヤビにあげる。そうだったよね」
「あぁ。明日君が目覚めた時から、その契約を使用する。死神への最終試験だ。だから今夜は、じっくり休め」
どれだけ身体が大きくなっても、ミヤビは頭を撫でてくれた。その度に目の前で揺れる黒髪が、シオンは好きだった。
その日、いつかのように、ミヤビは眠るまで枕元にいてくれた。過去の面白い手紙の話を聞かせてくれた。
これは、アカツキ・シオンが死神になるまでの物語。
彼は旅をした。『文を持つ死神』と呼ばれた彼女と、永い永い旅をした。
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