第53話 神託を待つ

公会議は、大小を問わず、ウィスタリア人が集団で意思決定する時の基本で、一定の形式に沿って行われる。

最も職位の高い聖職者が議長となり、5人から10人程度の、議論に参加する代表者を選出する。


代表者は車座となり、彼らの間で意見の交換、討論が行われる。

代表者以外のその他多数は、傍聴者として車座の周囲に控え、代表者の意見に拍手、ないし沈黙によって賛否の意思を示す。

また、特に発言を求めて議長が許可した場合には、意見を述べることができた。


しかし大抵はそのようには事が進まない。

まず傍聴者からは事あるごとにヤジが飛び、発言を許可されていないものが勝手に意見を述べ連ね、

代表者は代表者同士、あるいは傍聴者からの野次に熱くなって罵り合い、あるいはうんざりしてだんまりを決め込む。

課された責任に応じた発言といえば、静粛を求める議長の声だけ、やがて皆が言い合いに疲れてきたところで議論は尻すぼみになり、何時間も前に出ていたような案が、結局ろくな精査もなく、採択される、

といったことが日常茶飯事だった。


一人の中に三人の神がいる、と揶揄される、議論のための議論好き、まとまりのなさ。

二人が議論すれば必ず口論となり、三人集まると、誰が何を主張しているのかも収拾がつかなくなる、こういった民族性も、ウィスタリア王国の無惨な崩壊を招いた遠因ではあるのだろう。



しかし今日に限っては、公会議は、そうあるべき形で進められているように見える。


分厚い人間の輪の遥か向こう、中心部に居並ぶ代表人は、集団の規模に合わせて、異例の30人。

アマリリスの位置からは遠すぎて見えないが、円陣の中央には教示聖典が置かれているはずだ。

その頭の位置に議長、すずかけ村を含む周辺7村を統括する祭祀長が座り、その左側に、アマリリスの父が座り、何か発言しているのが見えた。


「何も聞こえないね。」


ヘリアンサスがそっと耳打ちした。


「何か、、、変。」


「そう? こんだけ遠いと仕方ないんじゃない?」


「そうじゃなくて。

どうしてみんな何も言わないの?」


3000人の集団は、その中心に至るまで静まり返り、隣同士のひそひそ話さえほとんどない。

全員が、大半の耳には届いていないであろう、発言者の言葉に耳を澄まし、その姿をじっと見守っている。

それは、一番内側の代表人についても同様で、アマリリスの父一人が主に話し、他の代表者は見たところ質問したり、祭祀長が先を促したりする他は、ほとんど発言していない。


これはまるで議論ではなく、神託が下るのを待ち受ける場のようだった。


オステオスペルマムからの脱出劇を成功させたこと、それ以前から難民キャンプのリーダーとして信用を得ていたこと、それが、これだけの影響力を及ぼすようになるのか。


穏和で物静かな父の、思わぬカリスマ性に驚く以上に、アマリリスにはその場がひどく薄気味悪かった。

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