第51話 機関銃と亡霊
アマリリスが目覚めたとき、そこは西へと向かう馬車の上だった。
馭者席には父一人が座り、ヘリアンサスは、彼女の足元で眠りこけていた。
荷台の上は様子が一変していた。村から運んできた家財の類はなくなり、見知らぬ人が4人、毛布にくるまって寝ている。
まだ、非常に朝早い時間のようだ。なのに馬車は、かなりの早足で進んでいる。
アマリリスの傍らに、灰色の防水布に覆われた、見慣れない形の荷物が積まれていた。
布をめくってみてぎょっとした。
機関銃。
見ると、父の傍ら--、ヘリオトロープが座っていた所にも、軍用のライフルが横たえられている。
アマリリスは弟の体を乗り越えて、馭者席の方へ這って行った。
「おとうさん。。。」
そう呼びかけたこの時、反応が返ってくるまでに奇妙な間があり、
なおかつ振り向いた父に、アマリリスは全身がおぞけ立つのを感じた。
どういうわけか、そこに生命を持たない亡霊の顔をみた気がしたのである。
そんな錯覚も一瞬のことで、父はすぐに、アマリリスの記憶にある通りの人懐こい笑顔を見せた。
「おお、リル。
どうだ、大丈夫かね?」
「・・・何があったの?」
父はなかなか話したがらなかった。
あとでヘリアンサスに聞いた話を総合するとこうだ。
アマリリスが眠っている間に、父を含むウィスタリア人のリーダーたちが計画を立てた。
身軽な数人が聖堂の窓から、夜闇に紛れて抜け出し、町の数ヵ所に分散して収容されている仲間たちと連絡を取り合った。
何回かの往復があり、決行は午前3時と決まった。
極めて幸運にも、その間、タマリスク兵に見咎められることはなかった。
2時、ウェルウィチアが買収した憲兵が、聖堂の裏口の鍵を開いた。
憲兵は黙って金貨の袋を受け取ると、馬に跨がり、闇の中に走り去った。
大人の男たちが、足音を忍ばせて聖堂から出ていった。
永遠に思える時間が過ぎた。
最初は犬の吠え声だった。すぐに、銃声が聞こえてきた。
何百か分からない、恐ろしい数の発砲音が折り重なり、いつ果てるともなく続いた。
聖堂の中は静かだったが、女たちの、押し殺した祈りの声がわんわんとまとわりつき、耳がおかしくなりそうだった。
やがて、銃声は少しづつ下火に、散発的になっていった。
夜が明け、聖堂の大扉が開けられたとき、通りには無数の死体を引きずった血の痕が残っていた。
ウィスタリア人の男は、3分の2に減っていた。
ここにきて初めて、天はウィスタリア人の側に味方しはじめた。
完全に不意を突かれたタマリスクとアムスデンジュンの混合軍は大混乱に陥り、ぶつかり合い、同士撃ちをする始末だった。
若い、経験の浅い兵士が多かったことも幸運だった。彼らの大半が殺され、残りは散り散りに逃走した。
大勝利ではあったが、もちろんこれで終わりではない。
護衛するもののいなくなった町を走り回り、タマリスク軍の残していった武器と、ありったけの食料をかき集め、馬車に積みこんだ。
今にも地平線から現れてもおかしくない追手に怯えながら、鎧戸を閉ざし、息を潜めたタマリスク人の町を後にした。
一昼夜を徹して走り続け、ようやく馬脚を緩めたのは、ウィスタリアの国境を越えた後だった。
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