第35話 闇を登る灯り
太陽が山の向こうに隠れ、地上は急に真っ暗になった。
アムスデンジュン兵が何か叫び、死者の巡礼のような一行が停止した。
ここが本日の宿泊地らしい。
あたりは何もない、前方の岩山へと続く斜面に開けた、牧草地と麦畑の中だった。
歩いて来た人々は道の上にそのまま座り込み、なかなか動こうとしない。
アマリリスの父はその間を縫って、牧草地に馬車を乗り入れた。
「ほら、リル。着いたぞ」
アマリリスは憂鬱な表情で身を起こし、馬車から降りた。
馬車に揺られ続けて、頭が割れるように痛い。
父や、兄のヘリオトロープは、アヘンの行商でラフレシアやタマリスクにも出掛けていたが、アマリリスは、アザレア市よりも遠くに出たことは数えるほどしかない。
ウィスタリア盆地から出るのも、こんなに長い時間馬車に乗っていたのも初めてだった。
ヘリオトロープが荷台からテントや鍋を下ろしている。
隣に停まった馬車の荷台から、ヒルプシムが不機嫌極まりない顔で滑り下りてきて、草の上にぺたんと座り込んだ。
その姿を見て思い出した。
そうだ、食事の用意をしなきゃ。
キャベツにベーコンのシチューと、固パンの夕食は、粗末だが、体が暖まり、頭痛がいくらか和らいだ。
空気は蒸し暑くて、首筋がべとべとするくらいなのに、自分の体が外部からの熱を歓迎しているのは意外だった。
焚き火を囲む7人(アマリリスの家族と、ヒルプシムとその両親)は静かだった。
ヘリオトロープが、吸っていたタバコを焚き火に放り込み、水を汲んでくると言って立ち上がった。
ヘリアンサスが立ち上がりかけ、闇に見えなくなって行く兄の背中と、姉を見比べ、再び腰を下ろした。
「大丈夫? おねぇちゃん。」
「ん。。。」
アマリリスはぶっきら棒に答えた。
ヘリアンサスは元気で、冒険的と言えなくもないこの状況を、むしろ楽しんでいるようだった。
無邪気なものだ。まだ子供(といってもアマリリスと2つ違いだが)だからなのか、年齢に関係なく、男はみなこんなふうにバカなのか。
アマリリスは闇に目を上げた。
ただ一面の闇の中、斜面に点々と散らばる、暗いオレンジ色の炎。
その先の街道や、岩山の形は、今は見分けられなかった。
「きれいだね。ケンタウル祭の灯明みたい。」
その時だけは、少し和やかな気分になって、アマリリスはヘリアンサスの手を取った。
荷台に広げた毛布に潜り込んだあとも、長いこと寝付けずにいた。
泥のように疲れていたのに、頭の芯は冴えていて、どうにもうまく眠気を呼び寄せることが出来なかった。
やっとウトウトとまどろんだと思ったら、アムズデンジュン語の叫び声に叩き起こされ、
周囲は朝になっていた。
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