ダケカンバ

第7話 目覚め前の世界

臨海実験所の前の浜を回り、絡み合った木々が繁る斜面の、つづら折りの急な坂道を登りきると、

急に視界が開け、体を持って行かれそうな、強い風にさらされた場所に出た。


これほど厳しく荒涼とした世界を、アマリリスは想像したことがなかった。


空は手を伸ばせば届きそうなほどに低く、

重い灰色の雲の下、まだ夜明け前、あるいは、天地創造の目覚めの前、世界はこんな姿だったかと思えるような、

薄暗く渺漠びょうばくとした光景が広がっている。


分厚い雲の底と、まるで同じ灰色をした海の間、ただただ広い空間を縫うように、岬の起伏が連なっている。

耳元で沸き立つ風の音、風が運んでくる、波が岩に砕ける音の他は、飛ぶ鳥一羽なく、死に絶えた水面に跳ねる魚ひとつない。


岬の台地に根付いた樹々は、みな風衝によって押しひしがれ、

それすら育たない場所では、地を這うような松の茂みや、蔦草や灌木の藪が、びっしりと起伏をおおっている。


白樺に似た木が目立ったが、ウィスタリアの高原で見掛けるすらりとした樹形とはまるで異なり、

ねじくれ、或いは地をのたうち回るような姿は、まるで苦悩に呻く怪物の群のように見え、白骨のような幹が、その異様な印象を余計に強くしている。


「ダケカンバの木よ。」


ファーベルが教えてくれた。


「こんな寒い北の国でも育つ、数少ない樹って、お父さん教えてくれたわ。」


アマリリスは顔にまとわりつく長い髪をはねのけ、

ファーベルの後について、岬の先端へと続く斜面を進んだ。

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