第5話 砂上楼閣の姫

ファーベルが台所に行き、パン粥を持ってきた。

目の前に差し出して促しても、アマリリスは意思の通じない異邦人のように、ファーベルの顔を眺めるばかりで、うんともすんとも言わない。


ファーベルとヘリアンサスがしばし顔を見合わせた。

二人とも無言で、ヘリアンサスが皿を載せたトレイを支え、ファーベルがスプーンで掬って口に運ぶと、ようやく、熱っぽい唇を少し開いた。


その間も、何もない空中を、瞬きもせずに見つめている少女を、クリプトメリアは痛ましい思いで眺めていた。


長い睫毛に縁どられた若草色の瞳と、

黒真珠を思わせる光沢を放つ、ごく暗い銀色の髪をした、見たこともない美しい少女だった。


肌の色は白いが(とはいえ、北方民族であるラフレシア人の基準からするとやや色黒だろうか)

くっきりと濃い眉に印象的な眼差し、ふっくらと赤い唇は、

クリプトメリア博士には、例えれば砂漠の彼方に浮かぶ都市国家の薫りというか、どこか神秘的な異国の面影に映った。


弟のヘリアンサスのほうはラフレシア人とほとんど変わらないように見えるが、

アマリリスには、故郷ウィスタリアの血がより濃く現れているのかもしれない。



二人が漂着したこの土地、トワトワト半島は、ラフレシアという広大な国家の北東の果てに位置し、同時にこの大陸の東端でもある。

寒流が渦を巻くサテュロス海によって、西側の本土から隔てられ、東には、この惑星最大の大洋の一部をなす、ベルファトラバ海が開けている。

大陸との接合部となる北部の地峡は、樹木の生育すら困難な寒圏に属する。


全長1500キロメートルに迫る大半島であるが、寒冷な気候に加え、人口集積地から遠く離れた辺境に位置するために、

沿岸に僅かな港が点在するほかは、全土が未開のままに残されており、そこに住む人間は、1万人に満たない。


ラフレシア帝国は、元々はこの大陸の西方に興った、クリムゾン大公国に起源を持つ国である。

大陸の西端、ボレアシアと呼ばれる国家群の中では、北東の野蛮の国と見られていたのが、ここ百数十年の中央集権化と急速な東進政策により、一躍世界帝国へと駆け上がった。


アマリリスとヘリアンサスの故郷、ウィアスタリアは、トワトワトから見てラフレシアの領土の対局側、西南の外れに位置し、帝国の拡大の過程で版図に取り込まれた属国である。

言語、文化とも、ラフレシアとは別の系統に属し、クリプトメリアら、いわゆるラフレシア人からすれば、完全に外国の感覚だった。

地理的にも、現在この大陸上にある50あまりの国家のうち、おそらく半分以上よりも、トワトワトから見て遠い距離にある。


それ以外で二人の故郷について、クリプトメリアが知っていることと言えば、高級ブランデーが特産であることと、

その国が、ラフレシアを含む複数の国の間で今も継続する、大規模な国際紛争の戦場の1つになったということだった。

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