Translucent Marchen [1]
ぷろとぷらすと
序章
プロローグ
第1話 星は何を思うだろう?
もし星に生命があったとして、
その長い一生の最後の瞬きを発するとき、
星は何を思うだろう。
夜空を照らす冷たい月は知っているだろうか。
降り注ぐ暖かい日差し、光に透ける葡萄の葉、
干草の匂い、大地から立ち昇る湯気。
かつて私の世界にあったものを。
暴風が黒雲を吹き寄せ、月と星を隠した。
ゆっくりと視線を落とした先、少女の足元には、荒れ狂う海があった。
逆巻く波は、傾いた甲板の半ばまで駆け上がり、
そのたびに操舵を失った船は木の葉のように旋回する。
大声で怒鳴っている男、泣き叫ぶ女性や子どもたち。
その地獄のような光景を、少女は大きなみどり色の目を見開き、
無表情に、どちらかと言えば魅せられたような表情で凝視していた。
全身に降りそそぐ波しぶきも、周囲の阿鼻叫喚も、
いつ真っ暗な海に放り出されるか分からない自分の運命すら、
まるで彼女には関係ないかのようだった。
ベルファトラバ航路、アスティルベ行き定期船スカビオーサ号は、トワトワト半島沖、ベルファトラバ諸島付近を航行中、
未確認の岩礁に衝突し、左舷側の船底と推進翼を損傷、航行不能に陥った。
すぐに救難信号が発信されたものの、応答する船舶はなく、左舷側の喫水線を超えて沈下した船は今や明らかに、沈没の運命にあった。
また、人が流された。3人、4人、、、
大きな悲鳴とどよめきが走り抜ける。
少女と父親、弟の3人がしがみついている右舷が波に飲まれるのも、そう長くはないだろう。
乗組員と、おとなの男達が、座礁の衝撃によって架台から落ちた救命ボートを水面に下ろそうと、懸命に動き回っていた。
しかし、立っているのも難しい揺れる船の上で、その作業は遅々として進まない。
そして、甲板の上は、使用可能なボートの定員よりも明らかに多くの人で溢れ返っていた。
「あっちのボートが乗れそうだ、行ってみよう」
父親は船首の方で海面に下りようとしているボートを指し、娘の手を引いて歩き出した。
しかしそばまで行ってみると、ボートの前は既に、大勢の人でびっしりと埋め尽くされている。
父親は途方に暮れて辺りを見回した。
「こっちだ。」
弟を急き立て、もと来たほうへ戻りはじめた。
手首を握っていた娘の手が、彼の手からするりと抜けてしまった。
はっとなって振り向いた父親の視線の先で、少女はもう、動こうとしなかった。
「もういいよ。」
少女は静かな声で言った。
父親の動きが止まった。
「もう、いいのよ。」
その瞳は不思議なくらい澄んでいた。
父親は悲痛な表情になり、
それから首を振って言った。
「だめだ。
分かっている、辛いだろう。苦しいだろう。
それでもお前は生きなくてはだめだ。
お前自身のために。」
少女の瞳にやっと、感情の光が現れた。
抗議の視線で父親を見上げた。
その時、ひときわ大きな波が、傾いた船に襲い掛かった。
大波は甲板の上を一気に洗い流し、
波が引いたとき、そこに3人の姿はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます