目覚め

 ぎゅ…。

 もう一回。

 ぎゅ…。

 ねえ、もうい……。


 雄哉ゆうやは何度も朝の目覚めに私をぎゅっとする。

 襟足が長い髪に朝だから余計にウェイブがかかってボサボサな彼。

 おまけに私の左耳に雄哉の顎髭があたりぞわぞわした。


「ヤッもう。ヒゲそんなよ…」

「アハハハッ! 優希ゆきはそうやって喜んでんだろ?」

「バカッ!」


 雄哉はちょっと変態ちっくに言い、Yシャツに袖を通す。

 今日は私が朝食の当番だったのに、ぎゅっとされたいためにちょっと遅れて起きる。


 マンションに転がり込んで、もう数週間。朝起きるときはいつも雄哉に抱きしめられて起きる私。こんな心地よい朝が以前はくるとは思っていなかった。

 父親との葛藤の末、学生の私は家を飛び出した。

 行くあてのない子犬だった私を拾ってくれたのは雄哉だ。


「もう行かないと」

「ああ、もう一回」

「甘えん坊だな? 優希。それに学校にも通えよ? いくら俺のマンションが居心地いいって行ってもずっとじゃな?」

「うん。わかってる。バイトも探すよ」

「そうしてくれるとありがたい。じゃあ行ってくる。あっ今日はごめんな、戻るの遅いから、早く先に寝てな」そういう雄哉はジャケットを着て出かけてしまった。


 この数週前、雄哉との出会いは突然だった。田舎待ちから飛び出して、この繁華街に出て来た夜だった。お金もそんなに持ち合わせていなかった。もうこの街を離れようかと思った。だけど行くあてもなく、深夜の2時過ぎ、ひとり橋の袂でビル群のネオンを眺める。


「おねえさん? 暇してんの? 俺とどっかいかない?」


 そんな誘い文句は何度も聞いた。だけど私はついて行かなかった。半ば強引に車に乗せようとしていた2人組の男たち。


「ヤッ! やめて! 嫌だ!」


 深夜の繁華街、行き交う人もまばらで、私をみて止める人などいないと思っていたところ、雄哉が助けてくれた。

 最初見たときは、夜の男かと思うぐらいなチャラい格好だった雄哉だけど、やることはやる。男二人に物オチもせずに対峙する。男二人はすぐさま逃げて行った。


「君さ?こんな夜中に一人じゃ、そら危ないで?早く帰んな」

「ありがと、でも帰れない」

「……きみ……高校生か? あかんわあ! そらあかん! 補導される。はよ帰り。この街はな、そういう街や、危ない連中いっぱいおるで?はよ帰り!」

「大学生。かえれない……」私は嘘をついた。


 本当は大学など行っていないし、年齢も今年17になる。もういい大人だ。なのにこんな深夜の繁華街で、誰かを待つように誰にも拾われても良かったはずなのに、私は拒否し続けた結果これだ。


「はあ…」その助けてくれた人は、ため息をついた。

「うちどこ?タクシー呼ぶわ」と手を挙げた。

「いや、帰れない」その人の袖を持った。

「何?なんで?とにかく帰んな!うちわかるよね?どこ?」

「……福岡」私は答えた。

「はあ?はああああああ???」男の人は大声を挙げて続けた。

「福岡って、ここ大阪!ミナミ!わかるよな!そんな子が何してんの?」

「おねがい、お金ない」私はカタコトで外人のように答えた。

 すると雄哉が「うち今晩だけ、泊まんな!」と行ってくれた。


 そこから始まった居候生活。夕食はちゃんと作った。バイトも探している最中と言ってずっとこの家にいる。夕食はいつも近くのスーパーで買い出しをしてあげる。そして私が腕をふるう。


 気分はもう新婚カップルのよう。

 いつも美味しいと行って食べてくれる。彼の喜ぶ顔が見たいためにしていることだ。


 今日も早く帰ってこないかな? と思っていた。先にベッドに横になった。

 朝の光が差し込む感じで目が覚めた。


「……う、ううん…ぎゅ!」

「なあにがぎゅっだ!」


 そこにいたのは、雄哉とうちのお父さんの姿だった。


「帰るぞ。この家出娘! お遊びはこれで終わりだ」


雄哉は私に隠れて、私の家を探していたんだと気付いた瞬間だった。


「雄哉……」


 ひどいよ。雄哉、私の気持ち弄んで……。

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