昼松明と呼ばれた少年は、厄介ごとに愛される。

@k-tsuranori

第0章 プロローグ

§0-01 プロローグ ライナス5歳

「母様、それで初代様はどうなったの?」

「デリトルレーヴェン様は、矢や魔法が雨のように降り注ぐ戦場に飛び込んだけれど、ただの一発も当たらなかったそうよ」

「うわー、凄いなー」


大きなベッドの柔らかそうな布団に埋もれ、顎まで引き上げた掛け布団から顔を出した小さな男の子が、目をキラキラさせて喜んでいる。


デリトルレーヴェン。それは三百年ほど前、ベリタス王国が、まだ帝国から独立していなかったころに活躍した人物だ。

平民ながら次々と大きな功績をたて、リネアの姓を与えられ男爵家の祖となった男で、信じがたい逸話がいくつもある、いわゆる英雄の一人である。

その英雄が、なぜか領地を持たず、死ぬまで国中を放浪した理由はわかっていない。


布団の中で目を輝かせているのは、ライナス=リネア。

現リネア家当主のアンブローズと、お話を聞かせていた母エトワの間に生まれた第3子、そして長男でもあった。


「ライナスは、本当にデリトルレーヴェン様のお話が好きね」

「はい! だってカッコいいでしょう?」


デリトルレーヴェンは実在した英雄の中でも、特に逸話の多い人物だ。

他の英雄譚は、大抵大きな炎や雷の魔法を使ったり、剣の一騎打ちで活躍したり、大軍を率いて相手を退けたりしていたが、彼の物語はひと味違っていた。


曰く、一人で数千の敵を瞬く間に討ち取った(どうやってだかは書かれていない)とか、魔法や矢が雨あられと降る戦場において、とくに躱すでもないのに一度もそれに当たらず、まるで攻撃が自ら避けているようだったとか、実に異質だった。

果ては、荒れた農地を一夜にして麦で満たす奇跡を行い民を救ったなんて信じがたい話まであったが、当時の記録にまで記載されていたため、それらは概ね事実であったと考えられていた。


なにしろ魔法のある世界なのだ。


ただし、彼が魔法を使ったというはっきりとした記述は一切なく、今では、なんだかわからないが、とにかく凄い人だったんだろうと漠然ととらえられている。

想像の余地が大幅にあったことが災いして、おとぎ話や戯曲や演劇が数多く作られた。そうして、事実は誇張と混ざり合い、時の彼方に埋もれるばかり。


「そうね。デリトルレーヴェン様は、あなたと同じダークブラウンの髪と瞳をしていたそうよ。ライナスもきっと初代様みたいになるのね」

「ほんとうに? えへへ。そうだったらいいなぁ」

「じゃあ、まずはぐっすりよく寝て、大きくならないとね」

「はい、母様。お休みなさい」

「お休み、ライナス」


エトワが魔法の光を消してドアを閉じると、部屋は優しい闇に包まれた。

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