25 人魚娘達


 この平成の世に、戦国時代から続く世襲制の仕事がまだ残っている。

 その一つに、僕は就いている。


 戦国時代、とある大名が彼女達から援助を受け、その恩を返すために部下の一人を彼女達の世話に付けたのが始まり。

 そして時代は下り、彼女達はその部下の子孫にしか懐かなくなったらしい。


 彼女達とは、人魚のことだ。

 僕が就いている仕事とは、人魚世話役という。

 彼女達については男性の人魚を見たことがないので彼女達、と表現するしかない。


 もう武士とかご恩奉公がどうのとかそういう世の中ではないのだが国から給料が出ている。

 世襲制国家公務員という自分でも本当に平成かどうか分からなくなる制度だと思う。

 実際には給料は少なくて、収入の殆どを資産運用や親戚のツテで賄っている。


 世話役とはいえ、彼女達に食事を与えたりする訳では無い。

 水の中にいるからお風呂に入れるわけでもない。

 服……は時々繕うが毎日ではない。


 では何が仕事か、というと、彼女たちと一緒にいること、だ。



 毎朝日の出から3時間後、僕は海に入る。

 ウェットスーツは着ているが冬はとても寒い。

 ご先祖は褌だけだったそうだから僕は恵まれている。

 海水が腰まで来るぐらいの深さの場所に来たところで少し待つ。

 そうすると、彼女達はやってくる。


 美女や美少女に囲まれる、といえば聞こえは良いが、自分を中心にぐるぐる回られると物凄く不安になる。

 この最初だけはどうにも慣れない。

 僕の一族以外がやると彼女達は現れないのだから不思議だ。


 彼女達が回るのを見る。

 見る以外には何も出来ない。

 動くと回転の中心が移動するだけだし、陸に戻ろうとすると威嚇してくる。

 数は毎日まちまちだけど、50人の人魚に囲まれたときは流石に取って食われるのかと思った。


 回る彼女達を観察する。

 といっても髪の毛とイルカっぽい下半身、それと長い髪から時折背中が見える。

 肌の色は白いのや褐色やらまちまち。


 このぐるぐるは日によって時間が違うが、今日は短いほうらしく、30分程度だった。

 僕が経験した中で一番長いのは太陽が直上に昇っていた時かな。


 ぐるぐるが終わると背中に向かってぶつかってくる。

 後の方から水面からジャンプして僕の背中にびったーんと。

 胸を隠す貝殻を外すのは彼女達なりの優しさだろうか。

 大体5,6回やる。

 最初は嬉しかったが、これが終わる頃には背中が非常に痛いので辞めて欲しい。

 前に父さんに聞いたときはこの工程は無かったらしく、なんだろうこれはイジメなのだろうか。


 びったーんが終わるとようやく彼女達は顔を見せてくれる。

 大体美人だ。

 人種……と言って良いのか分からないが、北方系や南国系まで幅広い。

 その中の一人に手を引かれ、さらに冲の方まで歩いて行くことになる。


 胸の辺りに水面がくる深さになると、今度は抱きついてきたり甘噛みする。

 何か声を掛けてくるが、日本語じゃないので分からない。

 話が通じて無くても彼女達には関係無いらしく適当に微笑みかけたりすると嬉しそうにはしゃぐ。


 彼女達の謎の言動は時間にして大体1時くらいで終わり、一旦開放される。

 僕は食事をしたり休んだりして午前中の疲れを癒すのだ。

 ただ海の中で立っているだけだが、これがなかなかにしんどいのだ。

 絡まれてるからなのだろうか。


 午後も午後で、よく分からない謎過ぎる彼女達の行動に振り回されて一日は終わる。


 そして終わったら彼女達に決まって何かを渡される。

 地球の海で手に入る物は大抵彼女達のお土産になるらしい。

 この贈り物で初めて見つかった生物もいるらしく侮れない。

 この間はタイタニック号で使われていた皿を持ってこられて非常に困った覚えがある。


 お土産の処分に困りながら陸に上がり、ようやっと僕の仕事は終わりだ。

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