枕戦士
霧空 春馬
第1話
ガラガララ。
僕が教室のドアを開けると、
「よっ、おはよーガリ勉。」
真っ先にこう言われる。僕はガリ勉じゃない。僕には緑川勉っていうちゃんとした名前がある。まぁ、この名前のせいで多分ガリ勉って呼ばれているんだけど。
僕は魔法文明が最も発達した国デトラスの最南端に位置しているクリフォードっていう街に住んでいる。国立魔術高等学院があるのもこの街で僕はその学校の2年生だ。つまり15歳。入学当時僕は名前のことで散々バカにされた。皆はカタカナで書くような格好いい名前なのに僕だけ勉だよ勉!古代文明の時に使われていたようなダサい名前で、自己紹介の時なんか本当に顔から火が出るかと思った。母さんにそのことを話したら、
「古代から続くうちの家系にぴったりでしょ。」
と真顔で言われた。ソファーで横になりながら話しを盗み聞きいていた父さんからは
「うちは神がこの世を創った頃から続く勇者の家系だぞ。母さんの言う通りうちにぴったりじゃないか。」
そう、うちは勇者の家系らしいんだ。なんでも先祖の人がこの国にやってきた邪悪なドラゴンを退治したらしい。緑川龍退治伝って言うベストセラーの本もあるくらいなんだ。僕が小さかったころよく読み聞かせてもらった。でもこの本の勇者、変だ。普通勇者って言ったら剣持って鎧着て立ち向かっていくのに魔法を使うんだ。びっくりだ。ま、俺も一応使えるんだけど。一応、ね?
次の日、学年末テストの結果発表があった。「魔術行使、1位アリアス・テクロン」
どんどん発表が進む。
「29位緑川勉」
学年は150人いてクラスは頭がいい順からS、A、B、C、Dの5つだ。僕のクラスはDで、その中で29番。つまり魔術行使は学年で下から2番目。でも、
「術式考案開発、学年1位、緑川勉」
使うのが不得意でも作るのは、大好きだし、得意だ。自分が本当に勇者みたいに、言い伝えみたいに魔術をかっこよく使うところを想像すると、どんどん新しい術が思い浮かんでくる。でも、この学校では魔術を使いこなせないと意味がない。だからいくら頭が良くて発想が良くても成績はよくない。
「ただいま」
「おかえりなさい」
真っ先に出てきたのはいつも通り母さんだ。
「今日のテストどうだったんだ?」
父さんは、学校のことは成績にしか興味がないらしい。
「いつも通り」
「また、魔術行使は下から2番目か」
「でも開発は1位だったのよね」
次に話すのは、父さんで、何て話すのかも予想がつく。
「なんで勇者に相応しくないんだ。何度も言っているが、もっと練習しろ」
ほら、当たった。そして次は、
「っと言いたいところだが….。お前はうちを出て行かねばならん。」
はい、また当たっ...てない!?それになんだよいきなりで出て行けって。
「今日学校から『術式行使パーソナリティ』の適正結果が届いた。お前のパーソナリティは『陰・止』だ。」
どういうこと...だ...?
「お前に魔術の才能があまりないのはわかっていたがパーソナリティがこれではどうしようもない」
「勉、よく聞きなさい。パーソナリティには6つの属性があるの。温度を操る『火』、生物の生態、特に治癒術に長けた『水』、四大元素のバランスを操る『風』、創造元素を操る『土』、6つの中で最大のパワーを操る『光』、そしてあなたの持つ最弱の『陰』。そして準属性として『動』、『止』、『創』、『壊』の4つがあるわ。あなたはどちらのパーソナリティも最弱のものを持っているの。これは魔術師として、あまり言いたくないけど稀に見る最悪の組み合わせなの。私は、勉が魔術があまり上手に使えなくても別に悪くないと思っているの。使えなくても死ぬわけではないし。でもね...。」
「うちの家系がそれを許さんのだ。私もものすごく魔術に長けているわけではない。しかし、お前のパーソナリティと魔術師としての不出来さはうちの家系が始まって以来なのだよ。あまりにもひどすぎるのだ。この組み合わせは逆に稀すぎて私でさえこの目で見るのは初めてなくらいだ。」
そ、んな.....。でもだからといってだからと言ったって、
「家を追い出されるなんてそんなのおかしいよーーッ!!」
「うちは勇者の家系だぞ。勇者に相応しくない不出来な最悪のパーソナリティの魔術師がいるなんてなったら、うちへの信頼、尊敬、何もかもが崩れていってしまうだろ...」
父さんの冷たい裏の部分を垣間見てしまい、そして絶望した僕は部屋に駆け込んだ。
「勉、出てきなさい!」
「あなた、今はそっとしておいてあげましょう...」
その晩涙が枯れ、泣き疲れて寝てしまうまでずっと泣いていた。
「んっんんん~?」
真夜中、僕は急に目を覚ました。そして周りに何もない今いる謎の空間に驚いた。
「ここどこだ?あれ僕寝てたはずじゃ?って、いつのまにか学院の制服に着替えてあるし。でもなんで枕持ったままなの?」
「Groooooooooooooooo!!!」
突然の鼓膜を裂くような咆哮に僕は驚いた。しかし、次の瞬間、驚きはすぐさま恐怖へと変わった。
「ま、魔獣帝王ヘル・レックス!?」
僕の5倍は優にある漆黒の巨躯、大木なんて撫でるだけで軽く切断できそうな怪しく輝く爪、僕の体なんて容易く噛み砕けそうな大きな顎と鋭い牙、見ただけで僕は失神してしまいそうになる。
「うっ!ま、眩しい。」
その時、僕が脇の下で抱えていた枕がおびただしい光を放った。枕に魔術文字が浮かび上がっていた。
「こ、この文字は今まで僕が編み出してきた魔術式ッ!?って完全にあの魔獣のこと忘れてたわ。とりあえずッ逃げるーーッ!!!」
「Graaaaaoooooooooooo!!!!」
光に驚き固まっていた魔獣も僕が走るとそれが合図だったかのように、物凄いスピードで地を割るような地響きを立てながら僕を追いかけてきた。
「『第三階梯・火焔連撃・起動』!!」
とっさに習った術式の中で一番強い術式を起動した。後ろから追いかけてくる魔獣に向けた右手に魔法陣が浮かび上がった。
「ズドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォン」
魔法陣から周りの大気をも焼き尽くしてしまいそうな圧倒的熱量の火球が亜音速で連続的に魔獣に向かって打ち出された。
「Groooaaaaaaaaa!!!」
地を揺るがす悲鳴のような咆哮が僕の身を震わせた。咆哮が止んだ。
「倒した...の...か?」
しかしその微かな希望は次の瞬間霧散した。少しずつ露になってきた攻撃の跡に真っ赤な双眸が浮かんだ。そしてついにかすり傷一つ付いていなかった輝く漆黒の体がはっきりと見えた。
「Doraaaagoaaaaaaaaaaー!!」
「ひっ、あ、あ、あぁ、うあぁぁぁぁぁぁぁーッッ」
僕は死を覚悟した。とっさに投げつけようと枕を振りかぶったその時、枕に浮かび上がっていた術式が僕の目の前で宙に並んだ。そしてこの前のテストで思いついた瞬時に超合金の剣を錬成する術式が、起動した。僕の右手に、術式の魔法陣が浮かび上がる。次の瞬間、僕の手に緋色の輝きを放つ剣が握られていた。「Graaaaaoooooooooo!!!!」
魔獣は迫ってきていた。
「うおォォォォォォォォッッッ!!!」
反射的に緋剣を水平に振った。剣は超音速で大気を切断した。空気の割れ目が真空の巨大な刃となり、魔獣に襲いかかった。そして、魔獣を横一文字に切断した。さらに、振った時の衝撃波で魔獣の残骸が消し飛ぶ。静寂が空間を支配した。
「僕が、倒した、の、か...?」
僕は右手に握られた、僕が頭の中に思い描いていたものと全く同じの緋剣を見つめた。
「もしかして....。」
僕は、いつものかっこよく自分が戦っている様子を想像した。すると、剣を錬成した後輝きを失っていた枕が再び輝き出し、想像したどんな金属でも軽く溶かしてしまそうな青白い炎のビームの術式が起動。近くにいるだけで体が燃え始めてしまいそうな炎が筋となって前方に飛んで行った。
「この枕は僕の勇者への憧れが生んだ、僕だけの、僕だけのッ、魔術パーソナリティを生かす道具なんだッ!『陰』も『止』も寝ている状態での魔術起動を指していて、夢を形にすればいいっていうことだったんだ!」
そう叫んだ瞬間僕は意識を失った。
「ーーろ、ーきろ、起きろ勉」
「どうしたんだよ父さん」
「今朝の朝刊に出ていた。これはお前だな?」なんの事かと父さんの示す朝刊を覗き込んだ。すると、なんと昨日の魔獣を切断した瞬間が載っていた。
「今までなんでサボっていたんだ?こんな魔術は見た事ないぞ。なのにどうして今まで使わなかったんだ?こんな魔術使ったら即Sクラスだぞ。勇者にようやく相応しくなってきたな」
これはもう妄想なんかじゃない!僕は枕を片手に戦う枕戦士だ!
枕戦士 霧空 春馬 @0102iwai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。枕戦士の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます