ショートショート「自白」
棗りかこ
ショートショート「自白」(1話完結)
*この話は、ショートショート「笑顔」の続編です。
鈍い、余りにも鈍い三谷だった。
同僚たちが、自分に注ぐ視線の気色悪そうなのに、まだ気づかないでいた。
彼には、絶対の自信があった…。
山さんの笑顔の秘訣を聞いたことで、毎日笑顔全開で過ごしていた。
山さんに、笑顔。同僚に、笑顔。婦人警官に笑顔。
笑顔は、絶好調だった。
山さんに笑顔の秘訣を伝授されてから、仕事にもより自信が出て来ていた。
なにしろ、「落としの山さん」の秘訣を聞いたのだ。
山さんは、染み入るような笑顔で、数々の犯罪者の自白を導いていた。
よし、染み入るような、笑顔…。
三谷は、目の前の犯罪者に、伝授された笑顔を向けた。
犯罪者は、誰が落そうとしても、難攻不落の常習下着ドロだった。
OLのベランダに忍び込んでいたところを、現行犯逮捕された犯罪者だったが、ガンとして口を割らず、
あくまで、OLのベランダに侵入していただけだと、申し立てていた。
ダメだった…。
山さんが首を振って、取り調べ室から出てきた。
山さんでも落ちないのか…。
皆が、手こずっていた。
三谷は、ここで、自分の実力を試したいという衝動に襲われて、
「自分がやってみます」と前に名乗り出た。
オイオイ、山さんが落とせなかったやつだぜ…。
皆があきれたような顔をしたが、誰も申し出る刑事がいなかったので、三谷が尋問することになった。
下着ドロは、好みのタイプの下着をドロする傾向があった。
だが、何度も逮捕されるうちに、自宅に盗んだ下着を保管しないズルさを身に着けていた。
「どこに下着を隠したんだ?」三谷は、最初強面で尋問を始めた。
男は、黙秘した儘だった。
イカン、これでは、イカンよな…。三谷は、自分の不徳の致すところだと思った。
だから、山さんと差がついてしまうんだな…。
三谷は首を振ると、男に、染み入るような笑顔を向けた。
「わかるよ、つい盗んでしまうくらい、欲しかったんだな。」
「わかる、男だもんな。」
「さあ、言うんだ。どこに下着を隠した?」
犯罪者は、無言でじっと三谷を見詰めた。
「お前をもっと知りたいんだ。理解したい。」
三谷は、自分のセリフに酔った。こういう風に言えば、落ちる…という自信があった。
山さんの落としを、今迄立ち会ってきたんだ。
山さん、俺はヤルぜ。
男は、突然眼を潤ませた。
「あなたは?」
「三谷だ…。」
「三谷さんになら、言ってもいい…。」
男の口から、自白が始まろうとしている…。三谷の心は躍った。
「言ってみろ。全部、全部俺に言うんだ。聞いてやるからな。」
男は素直に頷いた。
男の自白から、男の自宅付近の貸倉庫から、盗まれたパンツが見つかった。
「三谷、お手柄だったな。」
あの、山さんでも落とせなかった、犯罪者を落とすとは、一体どんな手をつかったんだ?
三谷は、嬉しかった。
あの山さんを、俺が超えた?
三谷の向こう側で、連行される犯罪者がぺこりと、頭を下げた。
三谷が、落とした…。
すごいな、三谷。
皆から褒められた三谷は、極上の気分を味わった。
これも、「笑顔」の秘訣を山さんに聞いたからだ。
そして、山さんの落としを学んだからだ…。
そして、次々と、犯罪者に笑顔を向けて落とし始めた。
一年が経ったころ、刑務所から、手紙が来た。
「三谷さん、俺と逢ってください。」
最初に落とした、下着ドロだった。
三谷は、自分の実力で、犯罪者が慕ってきた、と胸を躍らせた。
「よし、行ってやるか。」
きっと、もう更生します、と自分に告げるつもりなんだ…。
三谷は刑務所へと面会に行った。
犯罪者は、ぺこりと面会室に現れた。
「来てくださったんですね…。」
三谷は、また染み入るような笑顔を、犯罪者に向けた。
「他ならぬ、お前さんの頼みだからな…。」
自分の懐の深いところを、自分で誇らしく思った。
その気持ちは、嘘ではない。
たしかに、三谷の最初の落としである彼は、三谷にとっては特別な感慨があった。
その笑顔に、犯罪者は、「三谷さん!」と絶句した。
「こんな俺に免じて、もう一つお願いしてもいいでしょうか?」
「何だ?言ってみろ。」
三谷は、鷹揚に頷くと、いいんだ、何を言っても俺は驚かない…。と言った。
新たな自白の始まりかもしれん…。
俺にだけ、打ち明けたい犯罪があるのかも…。
三谷は、犯罪者を促した。
突然、犯罪者は、顔を赤らめて、言った。
「あ、あ、あなたのパンツ下さい。」
三谷の微笑みは、何だったのか…。
看守は、あきれたように、天井を仰いだ…。
自白…。
(おわり)
ショートショート「自白」 棗りかこ @natumerikako
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