機械人形

蛙鳴未明

機械人形

 眩しさを感じて目を開けた。カーテンの隙間から鋭い日差しが差し込んでいる。目をこすりながら、もぞもぞと起き上がった。時間を確認しようとスマホを見る。


「うそっ!」


 鋭く叫んで立ち上がった。あと五分で、彼氏との約束の時間だ。慌てて出かける準備をする。顔を洗い、服を選び、ちゃっちゃと化粧をして、家を出るころには、約束の時間を二十分も過ぎていた。全速力で徒歩十五分の駅前広場に走った。


 ゼイゼイと息を切らしながら広場に着いた。広場には結構な数の人がいる。キョロキョロあたりを見回したが、彼氏の姿は見当たらない。もう帰ってしまったんだろうか。うなだれて肩を落とした。


そうだ。彼に連絡しないと。


思い立ってスマホを取り出して、メールアプリを開いて何気なく日付を見ると、今日は土曜日だった。土曜日?慌てて彼からのメールを確認する。そこには『今度の日曜駅前広場で待ち合わせしよう』と書いてある。安堵で力が抜けた。


「良かった……」


 今日はデートの日じゃ無かった。ひゅうと息を吐く。落ち着いたら、なんだか喉が渇いてきた。何か飲もうと駅の自販機に向かう。飲み物を買って、何気なく切符売り場の方を見た。見覚えのある後頭部が目に入る。柱で半分隠れてはいるが、すぐに彼氏の頭だと分かった。たまたま彼も来ていたことにちょっと運命を感じた。当然こっちには気づいてないだろう。驚かせてやろうとこっそり近づいて行く。彼の背後数メートルまで来たところでワッと声を出す。


「うわっ!びっくりした!」


 こっちを向いた。今まで彼の体で隠れていた女の顔が目に入る。顔が強張るのを感じた。彼はおどおどした顔でこっちを見ている。


「誰、それ」


「ち、違うんだこれは――――」


「違うって、何が?」


 墓穴を掘ったことに気付いた彼が押し黙る。女はおびえた様子で固まっている。冷たい沈黙が過ぎていった。しばらくして口を開く。


「彼女とのデートの前日に他の女とデートなんて、よくできるね」


「いやそうじゃな――――」


「何が違うっていうの!」


 乾いた音が響いた。彼が頬を押さえて尻餅をつく。


「何で叩くんだよ!」


 彼が顔をあげて怒鳴った。その顔を見て、私は悲鳴をあげた。彼の片目が、眼窩からたらんとぶら下がっていた。眼球は銀色のチューブで銀色の眼窩からぶら下がっている。もう片方の目は怒ったようにこっちを見つめている。


その様子があまりに異様で、私は思わず彼を蹴り飛ばした。鉄の塊を蹴ったかのようだ。彼が女の脚に倒れかかる。金属同士がぶつかったような音がした。女がおびえた様子で固まったまま、足をすくわれてゆっくりと前に倒れる。ガシャーンとやかましい音が響く。彼と折り重なって倒れた女の背中には、大きなゼンマイが生えていた。私はまた悲鳴をあげて、広場に走り出た。オヨオヨと目を泳がせ、男性の背中に助けを求める。


「あ、あの、すいません!」


「何でしょうか?」


 男の顔が完全にこっちに向いた。腹話術の人形のように口をパクパク動かしている。ギャーっと悲鳴をあげて、私は家に向かって駆け出した。色んなヒトとすれ違う。背中からゼンマイが生えているヒト、金属光沢を放っているヒト、デッサン人形のような体をしたヒト、ペンキの色でテカテカしているヒト……。そんなヒト達が目に入るたびに顔を背け、家への道をひた走った。


 やっと家に着いた。けたたましく家に入り、布団を頭から被る。自分の歯がカチカチ音を立てている。これは夢だ、と自分に言い聞かせた。これは夢、これは夢、これは夢……夢?


「ジリリリリリリリリリリ」


 ばっと体を起こした。汗でパジャマが体に張り付いている。震える手で目覚まし時計を叩き、スマホを確認すると、土曜の朝だった。


「夢……か。」


 怖ろしい夢だった。まだ心臓がバクバク鳴っている。夢で良かった。本当に。周りの人間が実は機械だった、なんて怖すぎる。やっと心臓が落ち着き始めた。欠伸が漏れる。二度寝しようとゆっくりと布団に倒れた。背中の辺りに固いものを感じる。何だろうと手でまさぐると、平たい小さな板に触れた。小さくキリリ……とゼンマイが回るような音が聞こえたような気がした。

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