背の高い女

くろかわ

背の高い女

 姉と並んで歩くと、いつも見上げる形になってしまう。

 私はまだ十歳だ。姉はこの春大学を卒業する。そして、独り立ちするのだと言う。

 歳の差から来る身長の違いもあるけれど、一番の違いは遺伝子。私と姉は父が違う。だから、姉の背はとても高い。私は年齢相応だ。

『可愛らしくて羨ましい』

 姉は私を指してそういうが、当の私は姉のすらりとした長い手足と、背中の半ばまである綺麗な髪に憧れている。気付かれまいと俯くけれど、一体どこまで通用しているのやら。

 今も、私の手を引いてゆっくり歩幅を狭めて歩いてくれる。私は姉に気遣われまいと必死に早歩き。

 姉は、とても背が高い。


 春過ぎから姉の住む場所は山の近く、崖をくり抜いたような場所にすっぽりと収まっていた。

 実家からバスで十分もしないそこにわざわざ引越す必要があるのかと家の女達は訝しんだが、遺伝子上では他人の筈の父が強く推した結果だ。父さんなりの気遣いでもあったのだろう。的外れなところもそれはそれで父さんらしい。


 何もない部屋は閑散としていて、けれど天井の高い部屋だった。何となく、姉みたいだ。飾らず、すっきりとしていて。

「いい部屋」

 ぽつりと漏らす彼女。家賃は父さんが出してくれるらしい。

「よくこんないいところ見たかったね」

「お義父さん、頑張って探したみたい」

 まるで自分には関係ないことのように、ふわりと言葉を紡ぐ。

 からりと戸を開けると、ベランダに繋がる別室に出た。

「ちょっと水回りの確認してきますね。家の外には出ないでください」

「はぁい」

 姉と別れ、風美でもなんでもない住宅街を眺める。部屋のからりとした印象とは裏腹に、庭とも言えない小さな緑がコンクリートと家の合間に茂っている。

 ベランダ、と言っても猫の額ほどの小さな場所。地面もすぐそこ。一階だ。そんな小さな場所から部屋を見回すと、天井付近の壁に妙な出っ張りがあった。棚にしては高い位置にある。なんだろうか。

「■■■ちゃん」

 私の名。姉の声。どこから?

「ちょっとこっち来て」

 外から。

 ベランダの外には揃えられたサンダル。前の住人の忘れ物だろうか。ちょうど良い、とそれを履き、背の高い姉の下へと向かう。……と、言っても小さな小さな庭に降りて一歩二歩。低いコンクリート越しに姉を見上げる。

「こっちこっち」

 手招きすること彼女。土地勘の無い場所に置いて行かれては困るし、何より姉に誘われているのだからとついていく。塀を、小さな塀を乗り越えて、長い髪に誘われる。

 山の方だろうか。何があるのだろうか。何かあるのだろうか。

 見失う。住宅街から少し外れた場所。広い、というよりぽっかりと空いた隙間。まるで部屋にあった出っ張りの上のようで。

「よかった」

 背の高い女は言う。

「まだ、神棚が設えてなくて」

 背の高い女は言う。

 私は姉に良く似た、けれど全く似ていない背の高い女に、後ろから抱擁され、




「■■■さんが見つからないんです、一緒に家の下見に来て、ちょっと目を離した隙に居なくなってしまって、それで、その」

「まぁまぁお嬢さん落ち着いて。今家に確認してますから。十歳の子供なんでしょ? 先に帰っちゃったとか」

『■■■さんはそんなことはしません! 歳の割に落ち着いた良い子で、そんなことは、」

「え? あ、本当に?」

「……」

「お嬢さん、本当に妹さんと一緒に来たの?」

「……はい。ショートカットで、白のパーカーで、ジーンズだから、男の子に間違われるって気にする子で、」

「あのね、お嬢さん。今あなたのお家に確認の電話いれたの」

「いたんですか……? 帰ってた?」

「……言いにくいんだけど、君に妹さんはいないって」

「……え?」

「全く、人騒がせなことやめてくださいね。それじゃ」

「……え、あの、■■■さんは……」

 背の高い女は独り、誰も居ない家に取り残された。

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背の高い女 くろかわ @krkw

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