オッドアイの少年

雨宮翔

第1話

頭が痛い


今日もルームメイトの寝息の音でよく眠れなかった。

当の本人はいつもの様に数名の生徒に囲まれて、無邪気に笑っている。

明るい金髪で巻き毛の彼はクラスでも特に目立つ存在だった。

起きていても寝ていてもうるさい奴だ。エアハルトは「はあ……」とため息を吐いた。


「悩み事か?」


生徒会長のシュテファンが話しかけてくる。

公爵家の出で、プライドは高いが打ち解けると世話焼きな少年だ。

そんな彼に


「別に……」


と短かく応えるとエアハルトは教室を後にした。

その後ろ姿を見送ってシュアファンは肩を竦めた。


「あいつの事は放っとけって。俺たちと馴れ合うつもりなんてないんだから。」


シュアファンの友人で事なかれ主義のロルフが声をかける。

その言葉に何人かの生徒がうなずいた。


「しかし、クラスメイトで生徒総監である身として、放っておくわけにも……」

「やめとけって、オッドア持ちの奴に関ったってろくな事はないぜ」


同意を求めるように生徒の1人が隣にいるテオドールに話しかける。 


「そうか?俺はなかなか面白い奴だと思うぜ。」

「そういえばテオドールはあいつとルームメイトなんだよな」

「ああ。知ってるか?あいつ寝る時にぶ厚い本を抱えて寝るんだぜ。面白い奴だと思わないか?」

「いや、どちらかと言うと変?」


ロルフの言葉にまた何人かの生徒がうなずいた。


川の中州にあるこの古い寄宿学校には様々な生徒が集っている。

中休みの時間グラウンドに出て走り回っている生徒もいれば、木陰で昼寝をしている者もいる。そうかと思えば校舎の角の部屋で怪しげな活動をいる者達もいた。

家に帰れない者、帰らない者様々だ。

エアハルトはどちらかと言うと前者だった。

オッドアイを持つ者は悪魔を引き寄せる。

そんな伝承に則って、エアハルトは家の中でも外でもつまはじき者だった。

今更誰かと馴れ合いたいとは思わない。

いや、今更誰かと打ち解けられるとは思えなかった。

何故ならエアハルトはその術を知らないのだ。





「毎日、中休みに―人でどこに行ってるんだ?」


エアハルトが寄宿舎の自室に入るなり、テオドールが声をかけてきた。

無視して自分の机のイスに座ると、抱えていた本のページをめくりはじめる。


「当ててやろうか?旧校舎裏の図書館だろ?背表紙に貼ってあるシールが緑だもんな。けど、教室の近くにも図書室があるのに何でわざわざ?まあ、あっちの方が面白い本がいっぱいあるもんな」

「……」

「それって何読んでんの?小説?俺は冒険ファンタジーが好きなんだけど、シュテファンには子供っぽいって馬鹿にされるんだ。」

「……」

「なぁ、寝る時に本を抱えるのって趣味?それとも何かのおまじない?」 


ここでエアハルトは勢いよく本を閉じた。

「うるさい!僕が何故で何をしようと、どんな趣味があろうと君には関係ない!」


エアハルトはそう息巻くといつもの様にぶ厚い本を抱えてベッドにもぐり込んでしまった

少しは距離を縮められるかも知れないという思惑が外れて、テオドールは盛り上がったシーツを見ながら、ポリポリと頭をかいた。



「今日も一言も話さないね、彼」


グラウンドに並ぶエアハルトの後ろ姿を見ながらシュテファンが呟いた。


「俺は昨晩少し話したぜ」


テオドールの言葉にロルフが目を見開いた。


「本当に?何て?」

「うるさい!って」

「それって怒られただけなんじゃ」


シュテファンが呆れた様に眉を寄せた。


「それでは、これからニ人一組に分かれて、植物の研究をしてもらいます。」


背の曲がった白髪の教師がおもむろに口を開いた。


「組分けはこの紙に書かれているとおりです。レポートは後日提出してください」


教師から配られた紙を見て、テオドールは距離を縮める再チャンスと喜んだが、エアハルトはあからさまに嫌そうな顔をしていた。


テオドールとの植物研究はより道ばかりだった。

野いちごの実をかじってみたり、ツツジの蜜を啜ってみたり。

そんな事ばかりして一向にレポートが進みそうにない。

だから彼と組むのは嫌だったのだ。

これならまだ真面目なシュテファンと組んだ方がマシだったかも知れない。

当のシュテファンは、これまたより道ばかりするロルフに辟易している様子だ。

エアハルトは心からシュテファンに同情した。

うんざりするエアハルトにテオドールが1輪のツツジを差し出してきた。

啜ってみろと言う事らしい。


「僕はいいよ」

「いいから、いいから。これも研究の内だって….….」


そう言われれば確かにそうかも知れない。

エアハルトはツツジを受け取って、その蜜を啜ってみた。

「どうだ?」


と訊くテオドールからエアハルトは目を逸らす。


「……甘い」

短く呟いたエアハルトにテオドールは満足そうな笑みを浮かべた。


この学院の寄宿舎にはやや広めのサロンがあり、生徒達の憩いの場となっている。

夕食後の8時代には寄宿舎にいる生徒の3分の1がここに集い、友人たちとお茶を飲んで談笑したり、ゲームをしたり、本を読んだりとそれぞれに寛いでいた。

その夜エアハルトは初めてサロンに顔を出した。

もちろん自分の意志ではなく、テオドールに無理矢理引っ張り出されたのだが….…

彼が姿を見せた途端、明らかにサロンの空気が変わった。

あからさまに怪訝な顔をする者もいれば、ひそひそと何かを話している者たちもいる。

エアハルトは居心地の悪さを感じ、自室に戻ろうと思ったがテオドールがそれを許さなかった。

エアハルトの手首を強く掴んだまま離そうとしない。

そうしている内にサロンの右端のテーブルからシュアファンが二人に向って手を振った。


「こっちだ、テオドール」

「ああ」

テオドールはシュテファンに応えてから怖気づくエアハルトに「行こうぜ」と囁いた。

テオドールに促されるまま席に着いたのはいいものの、やはり居心地が悪い。

サロンにいる生徒たちの視線がずっとこちらを捕らえて離さない。

目の前にいるロルフもエアハルトの特殊な瞳をじっと見つめている。 


「この引きこもりの王子様をよく引っ張り出してきたな」


シュテファンが感心した様に話しかける。


「この俺様かかれば容易い事よ」

「何が容易いだよ。無理矢理引っ張って来た癖に。」


エアハルトはむくれながらテオドールの腕を振り払った。


「でも本当は来たかったんだろ?サロンの前をうろうろしてるのを何度か見かけたぜ」

「それは……」


エアハルトは口籠る。

まさか見られているとは思わなかった。

恥かしさで体中が熱くなるのを感じた。


「なあ」


おもむろにロルフがロをはさんできた。 


「本を抱えながら寝てるって本当?」


何で皆そんな事が気になるのだろう。

疑問に思いながら、けれど隠すほどの理由でもないので、エアハルトは恐る恐る口を開いた。


「気に入った本を抱えながら寝ると安心するんだ。だから」


子供っぽい理由で笑われるかと思ったが、3人供そんな様子は見せなかった


「何だ。案外普通の理由だな」


テオドールが拍子抜けだと言わんばかりに肩と落とした。


「本当だな。もっとすごい理由があるのかと思った」


ロルフが無邪気に笑う。

「普通で悪かったな。君達は僕に何を期待いるんだ」

「まあまあ、それよりチェスは得意なのか?」


シュテファンがチェス盤をエアハルトの目の前に置いた。


「この二人は弱くてね。相手にならないんだ。」

「シュテファンが強すぎるんだよ」.


弱いと言われた二人が抗議の声を上げた。

エアハルトとシュテファンがいざチェスで勝負をしてみると、その実力は互角で見ている者が息を飲むほどの接戦だった。

結果はギリギリでシュテファンが勝利したが、前代未聞の名勝負にいつの間にか増えていたギャラリーから拍手が送られた。


「久しぶり白熱した勝負ができたよ。ありがとう」


シュテファンが清々しく笑いながら握手を求めてきたので、エアハルトもそれに応えた。

再びギャラリーから拍手が起こる。

皆が今まで嫌煙していたエアハルトを受け入れた瞬間かと思われたが、一部の者たちはその様子を苦々しい面持ちで見つめていた。

その中の1人であるそばかすの少年がふいに手にしていたグラスの水をエアハルトの頭からぶちまけた。

途端にサロン中がざわめき出す。


「皆、騙されんなよ。オッドアイを持つ者は邪悪の化身だ。近付くとあいつみたいに最悪の魔女に連れて行かれるぜ」

「あいつ?」


情報網の広いテオドールも知らない話だった。

そばかすの少年の言葉に生徒たちが一斉にエアハルトの側から離れていく。


「勝手な事を言うな。あの事と彼は関係ないだろう。」


シュテファンが助け舟を出した瞬間、エアハルトがテーブルに置いてあった花瓶の水をそばかすの少年にぶちまけた。


「何すんだ!」

「何があったか知らないが、人を邪悪扱いするのはやめてもらおうか!」

「この野郎!」


そばかすの少年がエアハルトの襟首を掴み殴り掛かろうとした。その刹那、テオドールがサロンに装飾品として飾ってあったレイピアをそばかすの少年に差し向けた。


「それ以上やると、剣術の成積トップの俺とやり合う事になるぜ」


テオドールの気迫に押され、少年はエアハルトから手を放し舌打ちをしてサロンから出て行った。

それを見送ってすぐにエアハルトはその場にへたり込む。


「こ、怖かった」

「何だよ。覚悟があって喧嘩を売ったんじゃなかったのか?」

テオドールがエアハルトに手を差し出す。


「頭に来ていつの間にか花瓶を手にしていたんだ」

「何だよ、それ」


ロルフがカラカラと笑う。

「な?面白い奴だろ?」


エアハルトを助け起こしてからテオドールがシュテファンに囁く。


「僕は生徒総監として気が気じゃなかったよ。とんだ問題児が入って来たものだ」 


そう言いながら顔は僅かに笑っていた。


それからと言うもの、エアハルトはテオドールたちと行動を共にする事が多くなった。

大概はシュテファンのいる総監室で4人集まって談笑している事がほとんどだが、週末の休みには皆で街に繰り出し、エアハルトとテオドールはビールの早飲み比べをしたりしてハメを外す事もあった。

そうこうしている内に夏が近づこうといた。


夏の長期休みまであと一週間ほどとなったある日の夕方だった

エアハルトがいつもの様に総監室に向かって廊下を歩いていると、こんな話が聞こえてきた。


「夏の長期休暇明けにあいつが帰ってくるらしい」

「本当か?学校は何故あんな奴を退学にしないんだ」

「何せバックが大きいからなぁ」


あいつとは誰だろう。

そういえば前に誰かが行方不明になったと聞いた気がする。

テオドールに聞けば何か分かるかも知れない。





「その話なら俺も聞いた」


エアハルトの問いにテオドールは総監室のソファに腰掛け、ティーカップを揺らしながら答えた。

「けど、皆その話になるとロを閉ざすんだよなぁ」 


テオドールはティーカップをソーサーに戻すとシュテファンを見た。

シュテファンはテオドールの視線から逃れる様に向いのソファから立ち上がると、窓際へ移動する。


「皆、恐れているんだ。あの事をロにすれば自分にも災いが降りかかるんじゃないかと…」

「お前もそんな臆病者のー人か?」


そう問われてシュテファンは大きなため息を吐いた。

「今から一年程前にアルトという少年が行方不明になったんだ。原因は不明、生きているのか死んでいるのかも分からない。ただ、ひとつだけ気にかかるのは、アルトは行方不明になる直前にとある人物と接触していたという噂があるんだ」

「とある人物?」

「その人物は何人かの生徒を取り込んで悪魔信仰を行っていると言われていた。アルトはその生贄になったのではないかと」

「悪魔信仰?物騒な話だな」

「あくまでも噂だ。しかし、その人物は他にも問題行動が多く、数ヶ月前に上級生をナイフで刺して今は停学中だ」

「そいつが長期休暇明けに帰って来ると」

「そういう事だ」

「まあ、俺達には関係ないさ。そいつと無暗に関わらなければいいんだろう?」

「そう言う訳にもいかないかも知れない。」

「何故?」

「彼だよ」


急に話を振られてエアハルトはビクッと肩を震わせた。


「悪魔信仰が本当の話ならオッドアイを持っている彼は格好の餌食だ」

「確かに魔を引き寄せるオッドアイは悪魔信仰の生贄としては最適かもな。」


テオドールは神妙な面持ちで何かを考えていた

「ところで」

何か妙案を思い付いたのか、数秒のちにテオドールが口を開いた。

「エアハルトは長期休暇中に何か予定はあるのか?」

「いや、特に何も」


と言うより家から逃げる様にしてこの学院に来たエアハルトには帰る場所などなかった。

だから、居残り組の仲間入りをしようと考えていた所だったのだ。


「シュテファンは?」

「僕は毎年家族と旅行に行くから」

「シュテファンは家族と仲が良いもんな。ロルフも予定があると言ってたし、まあ、たった二人の帰省も悪くないか」


何やらテオドールの中で話が勝手に進んでいる様だ。


「ちょっと待て、―体何の話を……」


戸惑うエアハルト両肩に正面から手を置いてテオドールが言い放つ。

「休暇中は俺の家の別荘でバカンスだ。これ決定事項だから」


突然の事にエアハルトは気が遠くなった。





テオドールの家の別荘は大きな湖のそばにあった。

夏の風がすがすがしく吹きぬけ、湖面がきらきらと美しく光っている。

いつも薄暗い校内にこもっている身としてはまぶしいくらいだった。

テオドールがエアハルトを連れてきた場所は、別荘とはいえ立派なお屋敷だった。

船も数隻待っているらしい。


機車の中でテオドールが自分は子爵家の養子だとあっけらかんと話していた理由が当主であるアルベルト子爵に会って判明した。


「よく来たなテオドール」


子爵はテオドールを見るなりその大きな腕で抱きしめた。

そんな事は自分の家族相手でさえもした事がない。

エアハルトは驚いてその場にかたまってしまった。


「苦しいよ、アルベルト」

「おおっ悪かったな。久しぶりに顔を見たら嬉しくてついな」


アルベルト呼ばれた紳士はテオドールを放すとエアハルトに向き直った。


「君がエアハルトか。なかなか聡明な少年だそうだな。ぜひテオドールと末永く仲良くしてやってくれ」


アルベルトはエアハルトにカ強く握手をすると仕事があるからと別荘を風の様に去って行った。


「エアハルトに会うためにわざわざ来たのかな?アルベルトらしいや」

「―体どういう経緯で養子になったんだ?」

「教会の孤児院にいた頃、礼拝に来ていたアルベルトに会ったんだ。一瞬で意気投合してさ。剣術は彼に教わったんだぜ」


そう言いながらテオドールはエアハルトを湖畔の広場に連れてきた。

いつの間にか手にしていた2本の剣のうちの1本をエアハルトに投げてよこす。


「本当はアルベルトに指導して欲しかったんだけどな」

「一体何を?」

「俺と剣術勝負をしないか?授業でもやったことないだろ?」

「何でいきなり」

「自分の身は自分で守れって事さ」


そういうか否やテオドールはエアハルトに向かって剣を振り上げてきた。

エアハルトも咄嗟に剣で応戦する。

キンという甲高い音が辺りに響いた。

技術の差以前にテオドールはなかなかの怪力だった。

エアハルトはあっという間に湖畔の際まで押しやられてしまう。


「どうする?後―撃で湖にどぼんだぜ」


右に逃げても左に逃げてもテオドールに捉えられてしまう。

どうするか。

考えた挙句、エアハルトはテオドールの足元を見た。

その片足に自分の足をひっかけ、テオドールがバランスを崩したのを見計らって、その

襟首をつかみエアハルトは湖へと落ちて行った。

襟首を掴まれたままのテオドールも当然道連れとなる。


「わあ」


ドボンという大きな音が辺りにある木にとまっていた鳥たちを驚かせる。

数秒後、「ぶはっ」と息を吐いて二人は湖面から顔を出した

それから一息ついてテオドールが大声で笑い出す。


「勝ち目がないから道連れか!」

「いい手だっただろう?」

「最高だぜ!お前らしい」

「僕らしいってどういうことだよ」


怒り出したエアハルトの唇にテオドールはキスをひとつした。


「相変わらず面白い奴だって事だよ」


そこからの日々は平和に過ぎて行った。

二人で遠泳をしたり、川で鮎を釣ったり。

たまに剣術の稽古をしたりと充実した日々だった。

ただふいにあの時のキス意味を考えてエアハルトは戸惑ったが、テオドールは何喰わぬ顔をしているので何も訊かない事にした。

そんな風に二人きりの夏は過ぎて行った。


新学期

学院中が何だか落ち着きがない雰囲気だった。

例の人物が帰って来るという噂のせいだろうか。

しかし、一週間過ってもそれらしき人物を見掛ける事はなかった。

停学がとけたという噂は嘘だったのだろうか。

そう思えるほど平和な日々だった。


そんなある日の放課後、旧校舎の裏にある図書館に向うためエアハルトが裏庭を歩いていると頭上から何か冷たい物が落ちて来た。

手で触ってみるとそれは赤い血の様だった。

一瞬驚いたエアハルトだったがよく確認するとそれはただの葡萄酒だった。

頭上を見上げるとエアハルトの右隣にそびえたつ古い石造りの塔から誰かが顔を出していた。

この塔は普段施錠されていて誰も入れないはずだが。

塔の入り口見るといつもの様に南京錠で施錠されている。

「不思議な目の色だね」


塔の上の少年が声をかけてきた。

「オッドアイって言うの?僕初めて見たよ。」

「そんな所から見えるの?」

「前に校内で見かけた事がある」


いつの間に見られていたんだろう。

しかも、誰もが嫌煙するオッドアイに興味を持つなんて。

前に聞いたシュテファンの言葉が脳裏を過る。


「上がっておいでよ」

「鍵がかかっていて入れないよ」

「鍵がかかってなかったら来る?」

「いきなり頭上から葡萄酒をかける奴の所になんか行かないよ」


そう言ってエアハルトは足早にその場を立ち去った。



その夜

エアハルトは夕方に会った少年の事をテオドール達に話そうか迷っていた。

しかし、彼が例の人物かは分からない。

妙に心配させるのも躊躇われた。

どのみち彼はあそこからそう簡単には出られないのだ。


「そういえば週末は収穫祭だな」


テオドールがいつもの無邪気な顔を向けて来る。


「みんなで一緒にいかないか?」

「いいね。俺たち学生がハメを外せる少ない機会だ」


ロルフが間髪入れず賛同する。

「街では葡萄酒が沢山振舞われるんだぜ」


案外酒好きなシュテファンが嬉しそうにエアハルトに声をかける。

葡萄酒という言葉に一瞬どきりとしたが、

エアハルトは何でもない風を装った。


「そうなんだ」

「何だよ元気がないな」


ロルフが怪訝そうにエアハルトを見た。

「そんな事はないよ」


慌てて否定したが、テオドールの視線が何かを探っているようで、思わず目を逸らしてしまった。


次の日も彼は声を掛けてきた。

本当はしばらくこの道を通るつもりは無かったのに、教員から図書館への用事を頼まれてしまったのだ。

図書館に行くにはこの道を通るしか無かった。


「今日は上がってくる?」

「だから鍵がかかっいていけないよ」

「鍵なんて僕にはないも同然さ」


その言葉にエアハルトは何か背筋が凍る物を感じた。

だがただのハッタリだと思い気にしない事にした。


「どこに行くの?」

「裏の図書館」

「君はいつもそこにいるね」

「何故そんな事を知ってるのさ」

「僕は何でも知ってるよ。明日の天気も今日の夕食の事も。あとはね例えば」


一息置いて少年はニヤリと笑った。

「君が家族にされた事もね」


その言葉にエアハルトは凍りついた。


「酷いよね、血の繋がった家族なのに」


「嘘だ!」


エアハルトは叫んだ。


「そんな事、君に分かるはずがない」


エアハルトは少年を睨むと走って塔を後にした。


「この世界に復讐したいと思わないか?」


少年の言葉がエアハルトの胸に刺さった。


収穫祭はとても賑やかな物だった。

あちらこちらに出店が並び、街中に音楽が流れ、人々が踊っている。

街に着くなりテオドールとロルフは出店を見て回っては歓声を上げていた。


「あまりはしゃぐなよ」


そう言って二人を嗜めるシュテファンの両手にはすでに葡萄酒のグラスが握られていた。

いつの間に持って来たのだろう。

エアハルトは思わずクスリと笑った。


「ようやく笑ったね」

「えっ?」


エアハルトはシュテファンの目を見上げた。

「いや、最近元気がない様子だったからさ。テオドールも心配していた」


その言葉にエアハルトははっとした。

何も言わない方が相手を返って心配させる事もあるのだと初めて知った。


「心配をかけてごめん。少し気にかかる事があっただけなんだ」

「気にかかる事?」

「後で話すよ」

そう言ってエアハルトはテオドール達の元へかけて行った。


「後じゃなくて今話してくれてもいいのに」


シュテファンは独りごちた。

次の瞬間妙に冷たい視線を感じて、頭上を見上げた。

しかし、誰もいない。

シュテファンは首を傾げて葡萄酒を一口飲んだ。




収穫祭の喧騒から離れてエアハルトとテオドールは二人きりで路地に入りホットワインを飲む事にした。

ワインを口に含みながら、エアハルトは何から切り出そうか迷っていた。


「あのさ」

二人の声が重なる。


「何?」

「いいよ、エアハルトから話せよ」

「いや、その馬鹿馬鹿しい話しなんだけど」

「うん」

「テオドールはこの世界に復讐したいと思う?」

「は?何だよいきなり」

「いや、テオドールは孤児だったんだよね。それってその…両親に捨てられたとか?」

「……」

「違ってたら、ごめん!でも」

「…確かに俺の親父はロクでもない奴のだったぜ。酒に溺れるし女に溺れるし。その上借金までしてお袋と別れたんだ。しかも、お袋は男と逃げるしさ」

「思ったより重くてびっくりだよ」

「そうだろ?絵に描いたような駄目な両親だったよ。でもさ」


テオドールはカップを右隣にあった樽の上に置いた。


「そんな俺を預かってくれた孤児院の皆はいい人で、俺を引き取ってくれたアルベルトもいい奴で、学校にはいい友人達がいる。それなのに何で復讐なんかしなくちゃいけないんだ?」

「そうだよね」

「エアハルトはこの世界に復讐したいのか?」

「……」

「最近悩んでたのはその事で?」

「分からないんだ。自分がどうしたいのか。僕はこの目のせいで家族の中にも居場所がなくて、それどころか父親にタバコで右目を焼かれそうになった事もある。他人からはもっと酷い事も。だから、家族を他人をずっと恨んでた。きっと以前の僕なら僕を嫌煙するこの世界に復讐していたかも知れない。

でも今は!」


エアハルトはテオドールの目をじっと見つめた。


「あっ!」

不意にテオドールが声を上げる。


「え?」

「女の子が倒れた」


エアハルトが背後に視線を移すと確かに赤い髪の女の子が路上に倒れていた。

エアハルトとテオドールは女の子に駆け寄った。


「君、大丈夫?」


エアハルトが声をかけると女の子が顔を上げた


「ごめんなさい。お腹……」

「お腹?」

「お腹が空いて動けないの」


そこでテオドールがポテトを買って女の子に渡すと、女の子ははむはむとそれを食べ始めた。


「ありがとうございます。私ここにくるのは初めてで右も左も分からず、おまけにこの喧騒で目が回ってしまって。でもおかげで助かりました。」

「元気になって良かった。もう大丈夫?」

「はい」


エアハルトが聞くと女の子はコクリと頷く。

「じゃあ、僕たちはこれで」


二人が立ち去ろうとすると、女の子がエアハルトの袖を引っ張った。


「お礼に忠告をひとつだけ。貴方、魔に魅入られているわ。気をつけて……」

そう言われた瞬間目の前にある建物の上に塔にいたあの少年が立っているのが見えた気がして、エアハルトは思わずそちらへ走り出した。

塔に幽閉されているはずなのになんでここに?

自分には鍵などないも冋然だと言っていたのは本当だったのか?


「おい、エアハルト!」


テオドールはそう叫んだがエアハルトを止める事は出来なかった。


「君は友達が多いんだね」


突然、後ろから声が聞こえてエアハルトは驚いた。

建物の上いたはずの少年がいつの間にか路上にいる自分の目の前に立っていた。


「ひとりぼっちだと思ったから声をかけたのに残念だな」

「勝手に孤独扱いしないで貰えるかな」


すると少年はエアハルトを壁際に追い詰めバンと右手を壁についた。


「じゃあ彼らがいなくなったら僕と友達になってくれる?」

「何でそうなるんだ」

「僕と友達になってこの世界に復讐しようよ。君と僕ならきっと出来る」


少年がエアハルトの目を見つめてくる。

その目を見ていると何故か頭がぼーっとなって、自然と頷きそうになる。

しかし、寸でのところでエアハルトは首を振って正気を取り戻した。


「君と友達にはならない。この世界に復讐もしない。何故ならここはテオドールの愛している世界だから!」

「テオドール、その子の事が好きなの?」

「君には関係ないだろ!」


体中が熱くなって、エアハルトは慌てて叫んだ。


「どっちでもいいよ。どのみち君は僕に協力したくなる」


そう言って少年はその場を立ち去って行った。


同時刻

寮内で妙な動きをする生徒が一人いた。

彼はエアハルトとテオドールの部屋に入ると、テオドールの机から本を一冊持ち出した。それにテオドールが気付いたのは一晩たった夕食後だった。


「ない!」


突然の大声にエアハルトは思わず椅子から落ちそうになった。


「ないって何が?」

「アルベルトから貰った本がないんだ。世界に数冊しかない貴重な本だって旅行土産に貰ったんだ」

「家に忘れてきたんじゃないのか?」

「いや、2日前には確かにあったんだ。一体どこに行ったんだ?」

「どんな内容の本なんだ?一応学校にもないか明日から探しておくからさ」

「赤い表紙に金の箔押しで秘密の島ってタイトルが書いてあって、内容は冒険ファンタジーなんだ」

「分かった、気をつけて見ておくよ」


そんな事があった数日後。

ロルフが突然行方不明になった。

警察も交え学院総出で探した3日後、旧校舎の裏の木に釘刺しになって亡くなっているのが見つかった。

突然の旋律の事件に校内は騒然となり、授業どころではなくなり、生徒の半分は自宅に戻り、寄宿舎に残る者は自室謹慎となった。

エアハルトやテオドールはもちろん、一番仲の良かったシュテファンはすっかり憔悴してしまっていた。

シュテファンは両親から自宅に帰るよう促されていたが、生徒総監である立場と親友が校内で亡くなったという事実があり、学院に残る事になった。

ロルフと特に仲の良かった3人は警察に事情聴取を受ける事になった。

警察に何か変わった事がなかったかと聞かれた時、エアハルトはあの少年との会話を思い出したが、警察には言わなかった

彼はあの収穫祭以来も確かに幽閉されていたし、厳しく監視されていた。

協力者がいたとしても、今は証拠が全くない。

しかし、猟奇的な事件であったため、捜査は長引きそうだった。


「大丈夫か?」


ロルフが亡くなって以来すっかり憔悴してしまったシュテファンにエアハルトは声をかける。


「ああ。いや、大丈夫とはいえないかも知れないな。ロルフの遺体と対面した彼の父親の泣き声が頭から離れないんだ。そのせいか、何故か自分がロルフを殺したような気さえしている」

「何を言ってるんだ!そんなはずないじゃないか!」


思わず声を荒げてしまい、エアハルトは慌てて深呼吸をした。


「とにかく変な気を起こさないでくれ、お願いだから」


とエアハルトはシュテファンの肩を抱いた。


「君の友達死んじゃったね」


塔の中の少年がまた声を掛けてきた。


「君は今回の事に何も関係ないのか?」

「さあ、どうかな?ここに上がって来たら教えてあげるよ」

「だから、鍵がかかっていて入れないって言っているだろう」

「鍵なんて僕には無いも同然だと言ってるじゃないか」


そう言うと少年は窓際から姿を消した。

その数秒後ガチャガチャと言う音と共に南京錠が青く光りあっと言う間に外れてしまった。

エアハルトはその様子を息を飲んで見つめていた。


「さあ、どうぞ。孤独な王子のアトリエへ」


塔の入り口の扉を開けると少年はエアハルトに恭しく頭を下げた。

塔の中の部屋はアトリエというに相応しい様相だった。

壁中には謎の魔法陣がいくつも張り巡らされ、床には無数の本が散らばっている。机に置かれたフラスコには謎の液体が揺らめいていた。


「ここは一体」

「ここは僕の研究所だよ。最悪の魔女を呼び出す為のね。」

「最悪の魔女?」

「そう。ヴェルザと呼ばれる炎を操る邪悪で凶悪な魔女さ。僕は彼女を呼び出してその邪悪の炎で理不尽なこの世界を浄化しようと考えている」

「本気で言っているのか?」

「いつだって僕は本当だよ。それなのに皆、家族でさえも僕を基地外扱いするんだ」

「それは当たり前だよ。魔女や魔術なんて物がこの世に存在するわけが」


そこまで言って先程のエアハルトは出来事を

思い出した。


「まさか、あれが魔術だと言うのか」

「魔女や魔術について研究所しているうちに簡単な物なら使えるようになったんだ。後は少しだけ浮いたり、人の意思を操ったりできる。オッドアイ持ちの君には効かなかったけどね」

「人を操ったり出来るのか?まさか」


そこまで言った時、少年の後ろにある本棚にテオドールが失ったと言っていた本があるのに気がついた。


「あの本は?」

「あれはヴェルザを召喚する為に必要な魔法陣が描かれた本のひとつさ。これで漸く全て揃った」

「まさか。テオドールはただの冒険ファンタジーだと言っていた。」

「ヴェルザは危険な魔女だからね。魔法陣も4つに分けて書かれていたのさ。それこそ冒険ファンタジー物に紛れ込ませたりね。一年前は資料が足りずに失敗したけど、今度はきっと召喚できるさ。今回は最高の生贄もいるしね」

「最高の生贄とは僕の事か?」

「そうさ。邪悪を引き寄せるオッドアイ持ちの君を生贄にすればきっと召喚も成功する。その為にはここに君のサインが必要なんだ。

協力してくれるかい?」


エアハルトは首を振った。


「前にも言ったとおり僕はこの世界に復讐するつもりは無い。」

「そう。なら、もう一人君の友達が犠牲になるね」

「どういう事だ!」

「その内分かるよ。そうだ自己紹介が遅れたね。僕の名前はヴィンフリート。これからもよろしくね」


ヴィンフリートがそういうとエアハルトはいつの間にか塔の前に立っていた。

結局肝心な事は聞けないままになってしまった。



この頃シュテファンは毎晩同じ夢にうなされていた。

銀の瞳の少年に導かれてロルフを手にかける夢だ。教会祭壇に寝ている彼に向かって銀色

の剣を振り上げる。

剣の先端が彼の柔らかな胸に突き刺さりそこで毎回目を覚ます

何と言う悪夢だ。

いや、あの生々しさは本当に夢なのか?

しかし、自分が親友を手にかける訳がない。

そんな記憶もなかった。


シュテファンは日々憔悴していった。

心配したテオドールが街に誘ったりして、元気づけようとしたがだめだった。

その数日後、シュテファンは行方不明になった。

今度は簡単に見つからず、捜査は難航していた。




「二人が死んだのは、僕のせいかも知れない」


エアハルトがテオドールに呟いた。


「僕が彼に協力しなかったから」

「どう言う事だ?」


エアハルトはため息をひとつしてテオドールに向き直った。


「実はヴィンフリートという少年と僕はずいぶん前に出会っていたんだ」

「ヴィンフリート?」

「皆が例の人物と言って怖れていた少年の事さ」

「それと2人がいなくなったのとどう関係するんだ」

「ヴィンフリートは最悪の魔女の召喚を企んでいて、それに協力しろと僕に言ってきたんだ。勿論僕は否定した。そんな僕に対する脅しの為にヴィンフリートは2人を」

「シュテファンはまだ死んだとは限らないだろ!」

「だけど、彼は言ったんだ。もう1人僕の友達が犠牲になると」

「考えすぎだ。気にするな。それよりもどうしてもっと早くヴィンフリートとの事を話さなかったんだ」

「皆に心配をかけたくなかったんだ。1人で解決出来ると思っていた。僕は馬鹿だ」

テオドールは泣き出したエアハルトを強く抱きしめた。


「大丈夫。この先何があってもエアハルトのせいじゃないさ。それにシュテファンはきっと無事だしな」


しかし、テオドールの慰めも虚しく、一週間後シュテファンは還らぬ人となった。

今度は中洲の先にある湖でシュテファンの亡骸が見つかった。

シュテファンを可愛がっていた父親は気が狂わんばかりに泣き叫んでいた。


「おお、何故私のシュテファンがこんな目に!」


シュテファンの亡骸にすがってそうなんども咆哮していた。

その姿を見兼ねてエアハルトは霊安室を飛び出した。テオドールがその後を追いかけたが、直ぐに見失ってしまう。

その代わり見知らぬ少年がテオドールの前に立ちはだかった。


「彼が頷かなければ次は君だよ」

「お前がヴィンフリートか」

「そうだよ、初めまして」

「2人を殺したのはお前なのか」


テオドールはギュッと拳を握った。


「まさか。確かに僕はシュテファンにロルフを殺すよう誘導したし、そのあと湖に身投げするように催眠をかけたけど、直接手をかけた訳じゃない。」

「殺人は教唆の方が罪が重いんだぜ!」


そう言うか否やテオドールはヴィンフリートに殴りかかる。しかし、その拳は風の様に避けられてしまった。


「まだ君とやり合う気はないんだ。今夜、彼の答えを聞くまではね」


ヴィンフリートはそう言うとテオドールの目の前に手をかざした。その途端、テオドールは気を失ってしまう。


「今夜はワルプルギスの夜だ。きっと彼女を召喚できる。今度こそきっと」


ヴィンフリートはクスクスと笑いテオドールを見下ろした。





その頃、エアハルトは自室のベッドで塞ぎこんでいた。

テオドールはああ言ってくれたが、やはり2人が死んだのは自分のせいだ。

次にヴィンフリートと会うのが怖い。彼は必ず選択を迫ってくるはずだ。自分の命を取るか、それとも…

その時、コンコンと扉を叩く音がしてエアハルトは飛び起きた。

一瞬テオドールかと思ったが違っていた。

見知らぬ少年が部屋に入ってきて無言で何かをエアハルトに手渡した。それから静かに部屋を出て行く。おそらくヴィンフリートの使者だろう。

少年の姿を見送って、エアハルトは手渡された物を確認する。

それから慌てて自室を飛び出した。

使者からのメッセージはひとふさの金の巻き毛だった。


「ヴィンフリート!」


塔の前に着くなりエアハルトは叫んだ。


「やあ、来たね。上がっておいでよ。鍵はかかってないからさ」


エアハルトが塔の部屋に上がるとそこは前に比べて随分と荒れていた。

部屋中に血が飛び散って、まるで誰かと誰かが争った後のようだった。

部屋の真ん中の1番大きな血痕の先にテオドールが倒れているのが目に入った。

「テオドール!」


エアハルトはテオドールに駆け寄った。


「しっかりしろ、テオドール」


しかし、テオドールは意識を失っている。

よく見るとテオドールの脇腹は真っ赤に染まっていた。


「随分と足搔いてくれたけど、僕の敵ではなかったね。」


ヴァンフリートがエアハルト達を見下して笑う。

そうして1本の剣をエアハルトに投げてよこした。


「僕に勝ったら特別に魔術で彼を助けてあげるよ。どうする?」

「ヴィンフリート!」


エアハルトは彼に向かって剣を振り下ろす。

しかし、エアハルトの攻撃は容易くかわされてしまう。

彼にはこちらの動きが全て見えている様だった。

その上、彼の一撃は重く鮮やかであっという間に壁際へ追いやられてしまった。


「さあ、どうする?僕の魔術を使えば彼の傷を治す事は容易いけど、それは君次第だよね」


ヴィンフリートは余裕の笑みでエアハルトの剣をはじきとばした。

エアハルトはヴィンフリートを睨み付ける。


「何度も言うが、君に協カする気はない!」


エアハルトは壁につき立てられたヴィンフリートの剣に自分の手首を押しやると、そこから流れ出た血液をヴィンフリートの両目をめがけてぶちまけた。


「うわぁ」


視界をふさがれヴィンフリートがよろめいた隙にエアハルトはテオドールの元へ駆け寄る。何とかしてここから二人で逃げなければ……


「なるほど、これが君の答えなんだね。なら、もういいよ。僕に刃向かう君を徹底的に痛めつけれて満足したし、成功するか分からないけど最後の手段をつかっちゃうね」


ヴィンフリートはそう言うと両目に滴るエアハルトの血液を指でぬぐい、契約書に垂らした。

そしてその契約書を魔法陣の真ん中に置き何やら呪文を唱え始める。

それが終わると魔法陣が凄まじい炎に変わる。焼け付くような熱気が辺りを覆い尽くした。

その時、

「そこまでよ」


と聞き覚えのある声が響き、街で出会った少女が目の前に現れた。


「ヴェルザの召喚は絶対にさせない!」

「君は誰?」


ヴィンフリートが興味深げに聞いた。


「私は天の使いリーゼロッテ」

「天の使いが僕に何の様?」

「貴方を封印しにきたのよヴィンフリート。貴方は人の身でありながら邪悪過ぎるわ」

「それはいいけど、もう遅いんじゃないかな?」


リーゼロッテのうしろの魔法陣に巨大な魔女の頭がせり出し始めていた。


「彼女が完全に姿を現せば、この世界は火の海だ。君にそれが止められるの?」

「止められるかどうかじゃない、止めるのよ」


リーゼロッテは聖水をヴィンフリートにかけると魔法陣の周りにも聖水を垂らした。

それからエアハルトの手を取る。


「オッドアイは魔を惹きつけると同時に魔を払う。それは使い方しだいなの。だから貴方の力を貸して!」

「手を貸すってどうやって?」

「心の中で聖書の第12章5節を唱えて!」


エアハルトは眼を瞑り聖書の一節を唱え始めると、リーゼロッテは銀の剣を魔法陣に突き立てる。

すると魔法陣の中の魔女とヴィンフリートが苦しみだしだ。


「やめろ、リーゼロッテ!」


ヴィンフリートが咆哮する。


「最悪の魔女よ、地の底に。邪悪なる者よこの剣に眠りなさい」


リーゼロッテがそう叫ぶと凄まじい炎が止み、ヴィンフリートの体は青白く光って剣に吸い込まれていく。

「おのれリーゼロッテ。見習い天使のくせによくも」


そう言い残しヴィンフリートは完全に姿を消した。





結局後に残ったのはエアハルト達のいた古い塔だけだった。

校舎は燃え、寄宿舎は灰になり、中洲の向こうの森はまだ燃え続けている。

最悪の魔女は頭を地上に出しだだけでも、これだけの被害を出す存在なのだ。

皆は逃げられたのだろうか?


エアハルトは冷たくなったテオドールの手を取り肩を震わせた。


「結局守れなかった、何も」

「そうね。私の力不足だったわ。ごめんなさい」

「どうして君が謝るの?悪いのは全部弱かった僕なのに」

「貴方はこれからどうするの?」

「僕は、」

エアハルトは深呼吸をひとつして顔を上げた。


「僕は僕のせいで犠牲になった人達の代わりに誰かを助けたい。そうやって生きていきたいんだ」

リーゼロッテは少しだけ微笑んだ。


「そういうことなら、2度も助けてくれたお礼に一度だけ奇跡をあげるわ」

リーゼロッテはテオドールの傷を手を当てた。すると淡い光と共に傷口が塞がっていく。

「貴方もよ」


そう言ってエアハルト額にも手を当てた。

体中がふわっと熱くなる感覚がて手首の傷が癒えていく。


「これで貴方達は私の助手となる資格を得たわ」

「どういう事?」

「神の加護を受けて、成長しない体になったという事よ。不死身ではないけれど」

「そうして君の助手として人々を助けるという事?それはいいけど、テオドールは」

「俺がどうしたって?」


いつの間にかテオドールがエアハルトの後ろに立っていた?


「テオドール?どうして生きて!」

「生きてたら悪いのかよ」

「そうじゃないけど」

「一度だけ奇跡をあげると言ったでしょ?2人きりは寂しいと思ったし……」


そう言ってリーゼロッテは空を見上げた。

そこには曇天が広がっていた。


「恵の雨だわ」


リーゼロッテがそう呟くと空からポツポツと雨が降り出しそれはやがて大雨となって森の炎を消し去って行った。


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オッドアイの少年 雨宮翔 @mairudo8011

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