第67話 発覚

狩人ハンターの拠点、その上階。

入り口付近でイツキたちが散々暴れ回っている中、彼らの首領であるガルバーは副官らと共に広間でゆったりとくつろいでいた。

ある者は酒を嗜み、またある者は珍味を堪能している。ひと悶着はあったものの無事作戦が終了し、誰もが暫しの休みを過ごしている。そんな雰囲気だ。

しかし、そんな気の抜けた雰囲気の中でも、この一匹狼は冴えない表情で眼下に広がるヘルタの大森林を眺めていた。


「はぁ……ったく、酒が旨くねぇ……」


ガルバーは独りで胸の奥にうずくまっているわだかまりを消化しきれずにいた。

理由は明白だ。

あの薄汚い冒険者に敗北を喫したこと、たったそれだけ。

油断はあったが、慢心したわけじゃない。いくら不得意な市街地戦とはいえ、十分に実力を発揮できていたはずだった。

しかし、それを見事に正面から捻じ伏せられた。

あの昼間の激闘……いや、激闘だと感じていたのはガルバー自身だけなのだろう。そして、普段から見下していたはずの冒険者に敗れたことが、ガルバーの心に暗い影を落としていた。

すると、そんなローテンションな首領の姿を見て、副官たちが少し酒に酔った様子で絡んでくる。


「ほら、ガルバーさんも少しは楽しみましょうよ!せっかく一仕事終わったんですから!」

「そうっすよ!ここはパァーっとやっちゃいましょう!」

「生憎だが、オレはそんな気分じゃねぇからな。今夜はお前たちだけで―――」


ガルバーは気を遣って無理に盛り上げてくる部下たちを押しのけて、酒を片手に広間から出ようと立ち上がろうとする。

しかし、その時、自分の足元―――階下に広がる狩人ハンターたちの迷宮から何やら不穏な気配を感じ取った。


「ん……?おい、お前ら。下で何か起きてねぇか?」

「下で、ですか?………いや、何も報告は来てないっすよ」


不意に投げかけられたガルバーの問いかけに、部下たちは互いに顔を見合わせた。

そんな部下たちの様子を見て、ガルバーはふと考え込む。

誰も報告を受けていないとなると、まずはあの鬱陶しい貴族のお目付け役が何かしでかしていると考えるのが妥当なのだが、それではどうにも合点がいかない。

ガルバーは釈然としない表情のまま首を捻った。


「そうかぁ?さっきからドタドタと騒がしい気がするんだがな……」

「ガルバーさんが神経質になってるだけじゃないっすか?それに騒ぎっていうと、例の冒険者がこの隠れ家までたどり着いたって言いたいんすか?」

「いや、そこまでは言ってねぇけどよ……」


脳裏に浮かんでいた可能性を指摘され、ガルバーは思わず口ごもってしまう。

もし侵入者がいるのだとしたら、それは絶対に例の冒険者だと確信していたからだ。

けれど、逆に言ってしまえば、ガルバー自身がそれだけあの冒険者を意識していることを意味していた。


「やっぱり気にし過ぎですよ。そもそも冒険者がヘルタの大森林を越えて、この拠点を見付けられるとは思えません」


副官の一人が宥めるようにガルバーの意見を否定する。

ここは狩人ハンターの聖地ヘルタの大森林であり、さらにその奥地に隠された派閥クランの拠点だ。常識的に考えて、一介の冒険者が手掛かりもなしに侵入できるとは思えない。

そして、副官の男の言葉に、周りの狩人ハンターたちも同意するように頷いた。


「その通りっすよ。どうせ相手は冒険者なんすから」

「まあ、そりゃそうだが、今日戦ったアレは別格だった。あんだけ強けりゃ王直属の精鋭なんて言われても納得するぜ……」

「買い被り過ぎじゃないっすか?場所が場所ならガルバーさんが余裕で勝ってたと思うっすよ。それにいくら強いと言っても、所詮は金で雇われた冒険者っすから。誇りも何もない守銭奴がここまで来れるわけ―――」


険しい表情をするガルバーを持ち上げるように、副官の男が酒を片手に冒険者を鼻で笑っていた時だった。

ドタドタと騒がしい足音を立てて、伝令役の狩人ハンターが焦った様子で広間に駆け込んでくる。


「ご、ご報告です……!何者かが拠点に侵入した模様!現在は持ち場の人員で対処していますが、未だに確保できていないとのことです!」

「そんな……バカな……!」


伝令からの報告に、それまで饒舌に語っていた副官の男が狼狽えた声を上げた。

自分が否定していた可能性が現実となり、あまつさえ既に侵入を許してしまっている。これほどの失態は到底許されるものではなかった。

そして、副官の男はすぐにガルバーの方を振り向くと、それまでの気の抜けた態度を取り繕うように歩み寄っていく。


「ガ、ガルバーさん、これは……その……」

「クク……ハハハッ、やっぱり来やがったか!いいぜ愉しくなってきたじゃねぇか!!いいか、てめぇらは入り口だけ塞いで待ってろ!」


狼狽する部下たちを他所に、ガルバーは瞳に闘気を溢れさせて吠えた。

不完全燃焼だった心に闘志という名の潤滑油が流れ込み、口の中に残っていた生温い酒気を悉く吹き飛ばしていく。

闘って、勝つ。

それ以外にガルバーの心の渇きを満たせるものは残っていなかったのだ。


「あの野郎とはオレがり合う!」


闘いに飢えた一匹狼はギラついた目を血走らせて、愛用のナイフをテーブルの上からもぎ取る。

そして、あたふたと対応に追われる部下たちを蹴り飛ばし、階下に待っているであろう冒険者目掛けて一目散に駆け出していった。

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