第68話 発見

遥か上階でガルバーが侵入者の存在に気付いた頃、イツキたちは地下に広がっていた迷路の奥にある扉にたどり着いていた。

頑丈そうな鉄製の扉の前には監視役と思しき狩人ハンターが立っており、いかにも怪しそうな細い道の先に拵えてあったことからも中に何かあることは明らかだ。


「止まれ!この先は………ぐふっ…!」


イツキは制止してきた監視役の狩人ハンターを一撃で沈めると、その懐から鍵を奪って侵入する―――のではなく、鉄製の扉を蹴破って無理やり突入した。

扉の先には小さな牢屋と思しき部屋がいくつか並んでおり、そのどれもが鉄格子で塞がれただけのいかにも原始的な造りだ。

そして、通路にかけられている松明の光の先、イツキはそこに目的の人物の姿を捉えた。


「ビンゴだな」

「あぁ〜あ……つまんないッスね」


イツキが向けた視線の先、そこには安らかな表情で眠りこけているヒューマンの少女の姿があった。

見慣れたトレードマークの茶髪のサイドテールがぴょこんと跳ね、遠目でもよくわかる。

囚われていたニフティーメルのリーダー、アンネは手足を特殊な紐で縛られた状態で地面に横たわっていた。

イツキは手早く鉄格子を素手でこじ開けると、縛っていた紐を短剣で断ち切り、その顔を注意深く覗き込む。


「おい、アンネ、起きろ」

「……んぅ……ぁ……」


声を掛けても反応が薄い。どうやら強制的に眠らされているようだ。

眠りの魔法は多種多様だが、どの場合も下手に手出しすると厄介な事態になりかねない。


「ほらほら〜姫君はお眠みたいッスよ。王子様が目覚めのキスをしてあげないと~」

「下らんことを言うな。魔法か何かで眠らされているだけだ、静かにしておけ」


イツキは茶々を入れてくるフィーネを無視して、眠ったままのアンネを抱きかかえる。

特殊な毒が回っているような様子もない。このまま安静にしておけば、じきに目が覚めるだろう。

表情を見ても、それはもう休日に極上のベッドで寝ているかのように安らかで、ついでにすやすやと小さく寝息を立てながらご満悦な様子だ。


「ん…ぅ…もう食べられないよ~…」

「フッ……この非常事態に呑気なものだ」


むにゃむにゃと呑気に寝言をつぶやくアンネの姿に、イツキもつい口元をほころばせた。

対応力が高いというか神経が図太いというか、とても鬼気迫る状況に置かれていたとは思えないところがアンネらしい。

だが、めずらしく笑みを浮かべている護衛の様子を横からじと~っと見つめる視線があった。


「旦那、いくら可愛くてもセクハラしちゃダメッスよ?」

「するわけがないだろう。馬鹿にしているのか?」


フィーネが訝し気な面持ちで釘を刺すが、それに対してイツキは間髪入れずに反論する。

アイドルを神聖視する傾向が強いイツキにとって、アンネは世界を照らす太陽のような存在だ。そんな唯一無二の少女に欲情し、あまつさえ手を出すなどという馬鹿げた真似をするわけがない。

しかし、スキャンダル大好きな情報屋は頻りに「え~そうッスかぁ~?怪しいッスけどねぇ~」と品のない笑みを浮かべていた。

下衆いネタだけは意地でも拾って帰ろうとする根性だけは見習いたいものだ。


「下らんことを言ってないで、さっさとこの面倒な迷路を抜け出すぞ。後のことはそれから考える」


それだけ言うと、イツキは「これ以上付き合うつもりはない」とフィーネとの話を切り上げる。

既にアンネの奪還という目的は達成した。

あとはこの拠点を破壊することだが、それも外に出てしまえばどうとでもなる。


「今のところ、こっちに誰かが来る足音もしないッスよ。あ~あ……このままイージーモードで終わっ―――」

「待て、そうは問屋が下ろさんぞ。ここまで来られてしまった以上、貴様らを見逃すわけにはいかない」


ふとフィーネがつまらなさそうにボヤいた時、その言葉を遮るように理知的な男の声が投げかけられた。

その声がする方向―――部屋への入口を見てみれば、例の黒装束の男がイツキたちの前に立ち塞がっていた。

つまり、敵だ。


「おい」

「やだなぁ〜だってこのヒョロ長の人、全く足音しなかったんスよ〜」


イツキからの非難の視線をさらっと流しつつ、言い訳をするフィーネ。

たしかに足音の類が聞こえた記憶はなかった。周囲への注意を怠っていたイツキにも責任はあるが、一切音を立てずにここまでやって来たとなると、この黒装束の男も相当の使い手ということだ。

面倒なことになったな、とあからさまに鬱陶しそうな表情を浮かべるイツキの元へ、黒装束の男がつかつかと歩み寄ってくる。


「フ……貴様らに勘付かれるほど甘くはないからな。さて、私も手荒な真似はしたくない。大人しくその少女を置いてこの場を去るのならば命だけは見逃してやろう。望むのならば望むだけの金も用意してやる」


イツキたちのやり取りを焦りや恐れ、戸惑いか何かだと捉えたのか、黒装束の男が余裕そうに腕を組みながら譲歩の提案をしてきた。

決して広くはない部屋と狭い通路。

ここを抜け出すには間違いなく戦闘になる。しかも、黒装束の男からしてみれば、相手は自分たちに気付かれないようコソコソと侵入してきた臆病な冒険者が一人だけ。

それらの要素を加味した結果、イツキたちに一方的な降参を求めてきたというわけだ。


「なんか偉そうで感じ悪いッスね……」

「実際それなりの立場なのだろう。腐っても貴族の手先だからな」


黒装束の男に聞こえないようひそひそと陰口を叩くフィーネとイツキ。

相手はこの騒動の黒幕と思われるルーベン伯爵の腹心だ。こうして驕るだけの実力を持っていることだけは確かだろう。

だが、状況としては悪くない。イツキはそう考えていた。

というのも、こちらが求めていた人質アンネ黒装束の男情報源が目の前にいるのだから。


「それで旦那、どうするんスか?お姫様はまだ寝たままッスよ?」

「決まっているだろう。二兎追うものは一兎をも得ずと言うが、ここはどちらも取りに行くつもりだ。俺は強欲な冒険者だからな」


冒険者たる者、冒険をすべき時に冒険をしなければ意味がない。

そして、規格外の元勇者は不敵な笑みを浮かべたのだった。

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