第62話 狩人の里

ここで、もう少し狩人ハンターについて言及しておこう。

そもそも狩人ハンターとは草原の国たるエルネスタ王国固有の文化だ。

正確には民族と呼ぶのかもしれないが、この世界にはエルフやドワーフといった種族が存在するため、こういった呼ばれ方をすることが多い。特に森を守護する存在としてのエルフとはよく対比され、狩人ハンターは『エルフの真似事をするヒューマン』と揶揄されることもあるという。

それが原因かどうかはわからないが、狩人ハンターはヒューマン以外の種族を忌み嫌っている。いや、彼らの持つ文化を守るためには嫌わざるを得ないのだ。

かつて他種族との交流がなかった時代から外部との接触を断ち、森の奥で独自の文化を作り上げてきていた彼らにとって、他種族はまさに排除すべき存在そのものだった。

そう、狩人ハンターとは、時代に取り残された排他的なヒューマン原理主義の集団なのだ。


☆☆☆


「ちょっと旦那〜…あたしはあんな狼共と関わり合うつもりないんスけど……」


ちょこんとイツキの肩の上に乗ったまま愚痴をこぼすフィーネ。

彼らは今、閑寂としたヘルタの大森林の中を駆け抜けていた。

天まで届くのではないかと疑ってしまうほどの巨大な木々が綺麗に並び立ち、生い茂る青々とした葉の隙間からは太陽の光が僅かに漏れ差し込んでいる。

そして、天上からの木漏れ日は薄暗い深緑の大地にまるで槍が突き刺さっているかのように降り注ぎ、寂静な空間をより幻想的に染め上げていた。

まさに神秘的な空間そのもの。

人の気配が一切しない森林の中はしんと静まり返っているおり、野鳥の鳴き声やイツキが草を踏みしめる音だけが木霊しながら無音の世界へ飲み込まれていく。


「乗り掛かった船だろう。少しぐらい付き合え」

「いや、旦那に無理やり乗せられたようなもんなんスけど……」


フィーネが口を尖らせて文句を言う。

エルネストリアの街中でうたた寝しながら情報を集めていた時に叩き起こされたうえに、関わりたくもない相手のいる場所にまで連れまわされる始末。これで『はい、わかりました』と安請け合いするほど心優しい人間ではない。

だが、そんなフィーネの不満も、傍若無人を体現した存在と言われるイツキにとっては些細な事だった。


「それを言うなら、俺の依頼を受けた時点で船に乗ったも同然だ」

「はぁ〜…まあいいッスよ、あたしも少し知りたいこと残ってるんで」


いくら愚痴を言っても不満をこぼしても、この元勇者が一切取り合ってくれないことは百も承知なので、ここは仕方なく諦めるしかない。

そう決めたフィーネは最低限の成果だけでも持ち帰るために、あくまで前向きに提案をしていく。


「これから面白いスクープが見れるかは旦那の腕にかかってるんスから頼みますよ~?特にあの黒い根暗そうなノッポは知っておきたいッス」

「黒装束の男か……あいつは一体何者なんだ?ルーベン伯爵の手の者のようだが、明らかに気配が違ったぞ」

「ん〜…あたしの知る限り、公表されている護衛たちの中にはいないッスね。旦那も知らず、裏社会こっち側でも見かけてないってことはルーベン伯爵の腹心ッスかね……?」


めずらしくフィーネが憶測を絡めた曖昧な返答をする。

エルネストリア内の情報なら大抵は手中に収めている情報屋が知らないとなると、まず間違いなく特殊な事情を抱えた要注意人物だろう。そして、自らの情報を一切明かさない周到さも持ち合わせているというわけだ。


「それなら考えるだけ無駄だな。ひっ捕らえればわかる」

「相変わらず旦那は適当ッスね〜。ま、あたしが言えたことじゃないッスけど」

「お前と一緒にするな。状況を鑑みれば、これ以上の余計な考察は自分たちの目的を見失いかねない。それに、ここで無駄に時間を使うことによる労力の消費は奴らを見つけ出すための必要な処理を遅延させる可能性が―――」

「ほら、そろそろ狩人ハンターたちの集落なんスから静かにしてくださいよ~」


ふと前を見れば、既に深い森の終焉が見えてきていた。

それはイツキたちの目的地がもう目の前に迫ってきていることを意味していた。

イツキは足に力を込め、深い森を一気に駆け抜ける。そして、幻想的な森林地帯を抜けた先、そこには“自然と共生すること”を体現したかのような集落の風景が広がっていた。


「ん~…やっぱり全然変わってないッスねぇ……」

「そういう文化を持っている人々だからな」


フィーネがつまらなそうに揶揄した風景―――ヘルタの大森林の奥、ほとんど整地されていない道なき道の先にあったのは狩人ハンターたちの隠れ里だった。

まず目に付くのが、この森の中でもひときわ目立つ大樹だ。

まるで目印のように幾本もの大樹が等間隔で並び、その枝から天高く葉を広げていた。おそらくこの地に根を張って数百年は経っているであろう老木だ。

そして、そんな大樹の間を縫うように木造の家々が軒を連ね、その脇では民族衣装に身を包んだ人たちが楽しげに談笑をしている。少し見上げてみれば樹々の上にも家が立ち並んでおり、一風変わったこの集落の文化が如実に表れていた。

また、魔法道具マジックアイテムの類は一切なく、良い言い方をすれば“古風な”、悪い言い方をすれば“原始的な”生活と表現できるだろう。

イツキたちは住民にバレないようにひっそりと集落の外周を歩きながら、そんな集落の景色を観察していた。


「見たところ、奴らの痕跡はないようだな」

「あれでも狩人ハンターの中じゃ異端ッスからね。どっか別の場所に派閥クランの根城でもあるんじゃないッスか?」

「なるほどな………」


集落まで来れば何とかなるかもしれない、という甘い読みは見事に外れたわけだ。

この狩人ハンターたちの中央集落は、とても便利なことにヘルタの大森林のちょうど真ん中に位置している。そのため、目印が全くない深い森の中を探索するには基本となる場所だ。

この森に入った冒険者であれば誰もが通る場所なのだが、さすが現地民だけあって転移魔法の経由地点にも使っていないらしい。


「それでどうするんスか?聞き込みでもするつもりッスか?」

「………いや、やめておこう。下手に足跡を残す方が厄介なことになりそうだ」

「とか言って、どうせ会話が嫌なだけッスよね?」


人との接触を避けようとするイツキに対して、肩に乗ったままのフィーネが茶々を入れる。

表情のよく分からない人形の姿であっても、にたにたと煽るような厭らしい笑みを浮かべていることが見て取れた。

その言葉に、イツキも思わずムッとした表情になる。


「なら、お前が行けばいい」

「あたしは、ほら、人形なんスから気味悪がられるッスよ。まあ、あたしの手に掛かれば、聞き込みぐらいちょちょいのちょいッスけどね」

「万年引き篭もりがよく言う」

「旦那も似たようなもんじゃないスか〜」


コミュニケーション能力が欠如している元勇者と、悪い噂を集めるのが大好きな引き籠りの情報屋。

低レベルで不毛な煽り合いをするだけで、議論の進展が見込める様子はまるでない。

こんなことに時間を無駄にするのも馬鹿らしくなり、痺れを切らしたイツキは集落に背を向けて歩き出した。


「下らないことをしてないで、さっさと行くぞ。ここまで来れば自ずと手掛かりも見つかるだろう。あの人数が何の痕跡も残さずに消え去るわけがないからな」

「あれ〜?逃げるんスかぁ〜?天下の大英雄様が〜?」

「それ以上言ったら、街にあるお前の人形を全部燃やし尽くすぞ」

「い、いやぁ~冗談に決まってるじゃないッスか……!ここまで来たら旦那の指示に従うッスよ。ささ、先を急ぎましょう」

「………相変わらず、こうなると調子のいいヤツだ」


脅された途端に態度をコロッと変えたフィーネを見て、イツキは呆れたように嘆息する。事あるごとに煽る割にはすぐに手の平を返すあたりが世渡り上手な情報屋らしい。

そして、肩に人形を乗せた冒険者は、攫われた少女を探し求めて、再び深い森の奥へと足を踏み出していったのだった。

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