第56話 憧れ

「とんだ馬鹿野郎だな、お前は。捻くれているにもほどがある」

「そりゃそうよ。メイが捻くれてなかったら、今もアンネに隠れて裏でコソコソとこんなまどろっこしいやり方するわけないでしょ?」


唯一無二の親友であり、イツキの昔からの推しであるアンネを『大嫌いだった』と評したメイナに向けて、イツキが真顔で冷たい視線を送り付けた。

だが、当の本人は涼しい顔で受け流す。

可愛いけれど少し棘がある小悪魔な“アイドルのメイナ”と違い、普段のメイナは後ろ向きで悲観的で、どうしようもなくネガティブだ。

そして、幼少期はそれに加えて『自分以外は信用できない』という疑心暗鬼さを持ち合わせていた。

ただでさえ貴族同士での騙し合いを普段から目の当たりにし、他種族からも差別的な扱いをされていた体験を持つメイナにとって、アンネの持つ裏心のない優しさはかえって気持ち悪かったのだ。


「そもそもアンネは優しすぎるのよ。誰にも彼にも笑顔を振りまいて、酷いこと言われてもニコニコしながら謝って。あんなのメイだったら途中でぶっ倒れちゃうわよ」


当時のメイナは、皆に優しいアンネを『どうせ気に入られるための演技でしょ?』と勝手に決めつけていた。

けれど、今にして思えば、ただの虚勢だったのだと自分でもよくわかる。

誰も信用できない捻くれた自分メイナと、誰にでも優しく頼りになる少女アンネ

どんなに逆立ちしても勝てっこない。

しかも、アンネは貴族でも何でもない酒場で働くただの少女だった。

だからこそ、その時のメイナは目の前にいる少女を心の中で貶すことで釣り合いを保とうとしたのだ。


「だが、アンネがそんなお前を見捨てるわけないだろう」

「そ、あんたの言う通りよ。あの子は全然気にせず、相変わらずニコニコ笑いながら色んな話をメイにしてくれたわ」


最初は変な子だなって思ったのを覚えてる、とメイナは言葉を続けた。


「女将さんに怒られた話、初めて魔法を使った話、遠い国のアイドルの話。こんな可愛げのないチビを相手にしてるのに、あの子は本当に楽しそうに話してくれたわ。アンネからしたら何でもない話だったんだろうけど、メイにとっては夢物語を見せつけられているみたいだった。アンネも、そのアンネが目指しているモノも、全部」


今でも夢に出てくるほどだ。

魔法を使って宙を舞い、歌って踊ってキラキラ輝く少女の姿が。

それだけ当時のメイナには衝撃的だった。自分の知らない世界がこんなにも広がっていて、その道をひた走る少女がいることが。


「最初は子供が考えた絵空事だと思って聞き流してたけど、途中でこの子は本気なんだって気付いた。ううん、あの眩しい目を見た瞬間に、きっとメイもわかってた。アンネが面白半分にこんな話をするわけないって」


最初にメイナが心の中で偽善者だと罵った少女は、誰よりも真剣に夢を見る女の子だった。

誰かを貶すことも、誰かを蹴落とすこともない。

アンネは足元を見るんじゃなくて、ずっとずっと遥か上を目指していた。

だからこそ。


「憧れた。あの子の隣に立ちたいって思った。だから頑張ったの」


アンネと並び立つ。それがメイナの目指す場所だった。

そして、捻くれて後ろ向きだったメイナは努力を重ね、ニフティーメルという居場所を掴み取ってみせたのだ。

でも、それはまだ出発地点スタートラインに過ぎない。

この騒動も全部乗り越えて、あの時思い描いていた夢を実現させる。それでようやくアンネに追い付けるから。

そして、アンネは満足そうに目の前で揺らめく炎を見つめながら、いつになく優し気に微笑んだ。


「アンネはね、誰よりも輝いてて、誰よりも優しくて、誰よりも頑張ってるの。まあ、あんたにこんなこと言ってもわからないと思――――」

「わかる!滅茶苦茶わかるぞ!!」


それまで目を瞑りながら静かに聞いていたイツキが唐突に大声をあげて立ち上がった。拳を強く握り締め、いつになく覇気に満ち溢れた表情をしている。

突然の奇行にメイナはビクッと身を震わせてから、怪訝そうな表情を浮かべた。


「はぁ…………??」

「まさか俺と同じ気持ちを抱いていたとはな。たしかにアンネの魅力は筆舌に尽くし難いが、お前の言葉はあの輝きの核心を突く素晴らしいものだった。アンネはとにかく前向きで可愛らしい笑顔が魅力的だ。それは周知の事実だろう。だが、アンネはそれだけじゃない。こう、魂の奥底から湧き上がるような高揚感を生み出してくれるような“煌めき”を放っている」

「ちょ、ちょっと待ちなさいって――――」

「みなまで言うな。お前も語りたい気持ちはわかるが、ここは俺に譲れ」

「何なのよコイツ~~~~~!!」


メイナの悲痛な叫び声が薄暗い部屋に響き渡るが、誰もこのオタクを止める者はいない。

その後、非常用魔力によって部屋の扉が開かれるまで延々とイツキの熱烈な語りを聞かされ続けたのだった。


☆☆☆


イツキとメイナが閉じ込められていた部屋を脱出すると、いの一番に目に入ってきたのは輝くような太陽の光だった。

じりじりと突き刺してくるような閃光が降り注いでいる。

時刻は昼過ぎといったところか。それほど長い間居たわけではないはずだが、こうして外に出ると疲れがどっと溢れ出てくる。

そう思って隣を見ると、すぐそばにいたメイナも日の光を浴びながらぐ~っと腕を伸ばしていた。


「はぁ~あ……やっと出られたわね。メイをこんな所に閉じ込めるなんて、とんだ不届き者ね。あとでボストクさんに目一杯文句言ってやるんだから」

「文句ばかり言うな。子守をさせられたうえに巻き込まれた俺の身にもなれ」

「ふんっ!メイと一緒に居られたんだから、ちょっといい息抜きになったとでも思いなさいよ」

「むしろ気苦労が一つ増えたな」

「ああもう、ほんっとに口が減らないんだから!」

「お前はもう少し落ち着いて…――――――!?」


メイナと談笑をしながら劇場の舞台へ向けて歩を進めようとした時、何かに気付いたイツキが唐突に足を止めた。

怪訝そうに目を細めて、劇場の外へと視線を向ける。そして、その目の奥に何かしらを捉えた。


「どうかしたの?」

「メイナ、お前は少しここで待っていろ」

「…………?どういうことよ」


その言葉の意味を全く理解できていない様子のメイナには目もくれず、イツキは自身の装備を整え始めた。

短剣、長剣、各種道具アイテムを手早く確認する。これからすぐに使う可能性があるからだ。

そして、ものの数秒で準備を終えると静かに顔を上げた。


「敵だ」


イツキは再び視線を劇場の外へと向けて、きっぱりと言い切った。

その細められた目は、悪い予感が当たったことを意味していた。

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