第55話 二人の少女の出会い

非常用の魔力が流れてくるまで控え室内で待機することになったイツキとメイナは仲良く並んで座る―――ことはなく、微妙な距離を取って向かい合っていた。

というのも、頼りになる明かりがイツキの作り出している小さな炎しかないからだ。

風系統の魔法しか扱い慣れていないメイナに同じ芸当ができるわけもなく、明かりから離れない程度の場所で、ただぼ~っと温かな光を放つ火の塊を眺めていた。

まるで焚火で暖を取る旅人のようだ、とメイナは我ながら子供っぽい感想を抱いた。

暗闇の中に浮かんでいる橙色の炎が小刻みに揺らめき、何でもない空間が少しだけ幻想的に見えてくる。

イツキは何気なくやってのけているが、小さな魔法を魔法道具マジックアイテムの補助もなしに維持し続けるのは見た目以上に難しい。普段から魔法を扱っているメイナには、その難易度の高さと目の前にいる冒険者の凄さが改めてよくわかった。


「あんたって、まあまあ有名な冒険者なんでしょ?」

「武勇伝でも期待しているのかもしれないが、俺はお前が考えているほど高名な冒険者じゃない。ダンジョンを制覇し尽くしたわけでもないからな」

「なぁ~んだ、つまんないの」


期待外れの答えが返ってきて、メイナは膝を抱えて座り込んだまま面白くなさそうに頬杖をついた。

暇潰しぐらいにはなるかもと思っていたが、どうやら当てが外れたみたいだ。

冒険者としての腕は申し分ないようだが、この朴念仁にはユーモアの欠片すら感じられない。どうせ扉が開くまで一言も発さずに腕を組んだまま黙祷しているに違いない、とメイナは失礼だが的確な評価を下した。

そんな時、ふと彼女に妙案が思い浮かんだ。


「なら、ちょっとメイの話に付き合いなさいよ」

「…………意味がわからないが?」


突然の提案に、イツキが目を白黒させてから気怠そうな視線をメイナに向ける。

今度は何を言い始めたんだ、この馬鹿は、とでも言いたげな眼差しだ。

だが、メイナはそんな鬱陶しい護衛イツキの視線を軽く受け流すと、ぐ~っと足を伸ばしてリラックスをさせながら間の抜けた笑みを浮かべた。


「いいじゃない、どうせ暇なんだし。それに疑り深いあんたのことだから、今も少しだけメイのこと警戒してるんでしょ?」

「…………………………………」

「図星みたいね。だから、少し身の上話でもしようと思ったってわけ。まあ別にこんなので信用してもらえるとは思ってないし、メイも自分の気持ちを整理したいだけだから」


それだけ言うと、メイナは少し疲れた表情を垣間見せた。

少し背負い込み過ぎたかもしれない、という自覚はある。いずれ気持ちの整理は必要だったし、それにメイナもイツキと話をするだけなら嫌いではなかった。

頭の回転が速い上に、回答も理性的で的を得ていることが多い。持つべき常識が欠如していることと、相手の気持ちを考えるという根本的な人間性が欠けていることは問題点だが、それでもメイナにとっては格好の話し相手だった。

そして、メイナはイツキの了承を得ることなく一方的に話し始めた。


「ほら、メイってそれなりに謙虚だからわからなかったと思うけど、実は良いところのお嬢様だったのよ」

「残念だが、それは一瞬でわかったな」


なぜか自慢げなメイナの自己評価に、イツキが即答で言葉を返した。

普段のメイナを見た後に、なんて可愛げのある庶民的な子供なんだ、とは天地がひっくり返っても思わないだろう。

少し高慢だが、綺麗な身なりと何気ない立ち居振る舞いは、イツキの知るこの国の貴族そのものだ。

そんなイツキの反応に思わず「こいつ…っ!」とムッとした表情になるメイナだったが、すぐに気を取り直して話を続けた。


「………まあいいわ。メイはね、生まれた時から可愛いってもてはやされて、欲しいって言ったものは何でも貰えた。もちろん庶民からは煙たがられたけど、全然気にもしていなかったわ。あんな才能の欠片もないクズ共は放っておけばいいと思っていたもの」


貴族と平民では根本的に才能が違う。

それはこの世界にいる貴族の子供にとっては常識だった。

数多くの能力ちからが遺伝によって継承されることから、優秀な血筋の子供には様々な才能が宿り、逆に何でもない人々は必死に自分を鍛え上げて武技スキルを会得するのが関の山だ。

『自分たちの先天的な才能に追いつくのに他人は多大な時間を浪費する』と言われれば、誰もが自分を特別な存在だと思ってしまうだろう。


「そんな捻くれてた頃だった、アンネと出会ったのは」


メイナは懐かしむように天井を見つめながら“その時”を思い出す。

昔から魔法の才能だけはあったメイナだったが、とにかくやんちゃで勉強なんてまっぴらごめんの小生意気な子供だった。

事あるごとに屋敷を抜け出しては街中を散策し、あちこちで悪戯をする日々。日常が退屈で仕方がなかったメイナにとって、エルネストリアの街は格好の遊び場だった。


「それで、メイが街中を探検して迷子になった時、たまたま入ったのがアンネの働いている酒場だったの。そこではメイとほとんど変わらない女の子たちが汗水流しながら必死に働いていたわ」


酒場とは“旅人の止まり木”のことだ、とイツキにはすぐにわかった。

何年前かはわからないが、恐らく魔族との戦争中の時期だろう。場所が場所なら身包みを剥がされていただろうに、リンダの店に転がり込んだのは相当な幸運の持ち主だ。

すると、その時の情景を思い出したのか、メイナは押し殺すようにくぐもった笑い声を上げた。


「滑稽だな、って思った。だってそうでしょ?メイは何も不自由してないのに、あの子たちは頑張って働かなくちゃいけないんだもの。その時のメイには、それが不思議で仕方なかった」

「世間知らずで迷惑な子供だな」

「そりゃそうよ。過保護に育てられた箱入り娘だったんだもの」


昔のことを思い出してご機嫌なメイナは痛烈なイツキの皮肉にも動じず、軽やかに笑って流してみせた。

だが、そこで唐突にフッと瞳の奥に憧憬を浮かべる。


「でもね、少し羨ましい気持ちもあったわ。メイはまだ子供で、あの子たちは大人もいる世界でちゃんと働けてるんだって見せつけられてるみたいで」


いくら貴族と言えど、子供は子供。

魔法の才能以外はなんてことのない少女が認められるほど簡単な世界ではない。

むしろ戦争中だったことを考えれば、貴族の子供だったからこそ不自由なく生活を送ることができていたのだ。

けれど、当時のメイナにとっては、それが悔しくてしょうがなかった。


「それに、見た目の通りメイには小人族レプラカーンの血が流れていて、昔はそれが本当に嫌だった。だって、小さいってだけで負けてる気がするでしょ?」

「だが、その代わりに魔法の才を受け継いだのだから仕方ないだろう」

「それはあんたの言う通り。でも、子供ってのは自分と違う存在を貶したがるし、誰だって無いものねだりをするものなのよ」


メイナが実感のこもった口調で悟ったようにつぶやく。

様々な種族が入り乱れるこの世界では、昔から異種族間抗争がよく起きていた。

特に小人族レプラカーンは特殊な才能を持つ者が多く、その外見的な特徴も相まってしばしばやり玉にあげられていたという。

混血が増えてきた今となっては下火気味だが、純粋で残酷な子供たちにとって、小人族レプラカーンの貴族という特異な存在のメイナは体よく叩きやすい相手だったのだろう。


「でも、アンネは違った。メイが普通じゃないことなんて全然気にもしないで、仕事の合間に一緒にホットミルクを飲みながら話しかけてくれたわ」


メイナが当時の様子を思い出したのか、炎に照らされた横顔に優しげな表情を浮かべる。

その光景は、かつて酒場に出入りしていたイツキにも容易に想像できた。誰よりも世話好きなアンネがこんな捻くれた少女を見逃すわけがない。


「そして、心温まるエピソードが始まるというわけか」

「はぁ……全然違うわよ。あんた、メイのこと全くわかってないのね」


めずらしく真っ当な反応を示したイツキに対して、メイナが大袈裟にため息をついて呆れてみせる。

このおてんば娘メイナはそれほど単純でもなければ、むしろ捻くれ過ぎていたほどだったからだ。


「最初はアンネのこと大嫌いだったに決まってるじゃない」


小人族レプラカーンの少女はあっけらかんとした表情で、そう言ってのけた。

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