第43話 魔王(2)

「クソ…!てめぇと話してるとこっちの身が持たねぇ…。相変わらず堅物で鬱陶しい野郎だ」


言ってから余計に恥ずかしくなったのか、ノエルは腕で顔を隠しながらイツキに向かってぶつくさと文句を垂れた。

本人は全く意識していないとは思うが、可愛らしい顔立ちと普段見ることのできない表情が垣間見えているギャップから、中身があの魔王であるとわかっていても思わずため息が出るほどの破壊力があった。

そして、鈍感なイツキでもはっきりとわかるほど、この元魔王様は感情に合わせて表情がコロコロと変わる。それはもう見ている側が恥ずかしくなるほど手に取るように。

恐ろしいほどの設定と属性の暴力だ。旧知の仲であるイツキでさえこの有り様なのだから、心に神か仏でも住まわせていない限り、誰もが自我を乱されてしまうことだろう。

イツキは心を落ち着かせてから、改めて感嘆するようにノエルをまじまじと見つめた。


「それにしても、口調だけは変わらないものだな。その見た目と声で、魔王だった頃のガサツな喋りを聞いていると不思議な気分になる」

「別に意識してるわけじゃねぇ。オレ様の中に魔王だった時の自分と今の自分が一緒にいて、てめぇと話してると昔の口調に戻るってだけだ。けど、オレ様はもう魔王じゃねぇからな。どうでもいいんだよ、そんなことは」


ノエルは過去の自分を蔑むように吐き捨てた。

後悔……とは少し違う。魔王だった頃の自分から抜け出したいのだ。今は全く違う人間になったのだから。

イツキも魔王の力を封印した後は最低限の生活支援をしただけで、彼女がどんな時間を過ごしてきたかは全く知らないし、興味も特にない。だが、その陰りのある表情からは相応の苦労をしてきたことが伺えた。

多くの苦難を乗り越え、そして、紆余曲折の末にニフティーメルとして今を生きているのだ。


「それで、護衛だなんだってのは、オレ様を見に来る口実ってわけか?安心しろよ。ちょっと魔力の量が多い以外は何の力も使えやしねぇ。何か企む余裕もなけりゃあ、今さら世界征服なんてモンに手を出す気もねぇよ」


確認するようにそれだけ言うと、ノエルは降参するように両手を軽くあげてみせた。

彼女の言葉に嘘偽りはないだろう。確証はないが、イツキはそう確信していた。

ノエルにとって今やニフティーメルはかけがえのない存在であり、その居場所を手放したくないという気持ちがイツキにもよくわかっているからだ。そして、そんな同類とも言うべき存在がいることに内心では少し嬉しく感じていた。


「いや、俺の目的はそれだけではない。引き受けたからには護衛の依頼も確実にこなすつもりだ。俺もニフティーメルのライブは見たいからな」

「……ハッ!オレ様の軍勢を一瞬で焼き払ってみせた勇者様がこんな小娘たちの護衛たぁ落ちぶれたもんだなぁ!おい!鬱陶しいったらありゃしねぇ!」


イツキが依頼を受けると答えた途端、ノエルは一介の冒険者に身をやつした勇者を下卑た声で嘲笑った。

どうやら先ほどのことを根に持っているらしい。これだけあからさまであれば、鈍感なイツキにだってすぐにわかる。

そして、同時にこう思った。これは一度わからせておいた方がいいな、と。


「そうか……なら、ここで手を引いた方がいいか?」

「はぁ…っ?!ちょ、ちょっと待てよ!気が早いにも程があんだろぉが!」


イツキはわざと何も言い返すことなく引き下がってみせた。すると、途端に煽っていたはずのノエルが焦りはじめる。

どうせ食って掛かってくるとでも思っていたのだろう。だが、イツキが依頼を断って困るのはノエルの方だ。たった一つの失言だけで勇者という絶対的な護衛を失っては、他のメンバーに対して顔向けができない。

イツキもそれが分っているから強気に攻めていく。


「なんだ?邪魔だ何だと散々罵っていたが、もしかして俺の手を借りたいのか?」

「………別にてめぇの手なんざ……あ、いや、その……」


ようやく立場を理解したのか、先ほどまで強気だった表情がどんどん弱弱しくなっていく。それはもう可哀想なほどに。

そして、先ほどまで覇気に満ちていた視線はおろおろと空中を彷徨い、ただでさえ小柄な姿がもっと小さく見えた。

これだけで言い返す言葉など持ち合わせていないことがはっきりとわかる。

だが、イツキはまだ追及の手を緩めることはなかった。やるなら徹底的に、がモットーだ。


「どうした?依頼は受けなくていいのか?」

「………うぅ……悪かったよ、依頼はちゃんと受けてくれ………これで満足か?」


ノエルが少し潤んだ上目遣いで訴えかけてくる。

そのあまりの破壊力に、身構えていたイツキも「ぐふっ……!」と絶大なダメージを被ってしまった。

最初は軽い冗談のつもりでけしかけたが、予想以上の反応をしてくれた。世のアイドルたちも顔負けの“萌え”だろう。グッジョブ、俺。

すると、イツキの反応を見て冗談だと気付いたノエルは仕返しを諦めたのか、恥ずかしさと怒りの混ざった表情で舌打ちをした。


「クソ!……ったく、このままてめぇといると昔の口調に戻っちまう。オレ様はもう戻るぜ……今のわたしは、ノエルだから、ね」

「ああ。わかっているとは思うが、この事はくれぐれも内密だぞ。俺もこれ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だからな」

「大丈夫だよ。わたし、口は堅いから。それじゃ、またね」


ノエルは裏の顔を引っ込めて普段通りの無表情に戻ると、可愛らしく手をひらひらと振って劇場の中へと入っていった。負けが濃厚なのを悟っているからか、手早い撤退だ。

魔王側のノエルとは違い、こちらの方は相当防御力が高そうだ。バランスがいいのか悪いのか……。何とも言えないが、それが今の彼女なのだろう。

そして、どちらのノエルも、誰がどう見ても年相応の可愛らしい少女だった。とても悪逆非道の魔族だとは思われないほどに。


「………お前はもう立派な人間だ。胸を張れ」


イツキはかつて魔王だった者の名残を感じながらも、彼女が人間の少女として一歩ずつ前へ進む様を心の中で強く噛み締めていた。


☆☆☆


時は少し遡り、レイルラン劇場の裏手にある空き地、そのさらに奥にある廃材置き場。

そこからイツキとノエルが歓談している様子をひっそりと眺めるヒューマンの少女が一人いた。


「(ノ、ノエルとイツキさんが密会してる……?何を話してるかは全然聞こえないけど、なんか楽しそうだったし、もしかしてあの二人ってそーゆー関係……??)」


アンネは息を潜めて静かにしながらも、次々と浮かんでくる妄想に花を咲かせていた。

偶然劇場の裏手にふらっと赴き、奇跡的にイツキの人払いの効果を受けず、たまたま気付かれずに二人を捉えられる場所にたどり着いたのだ。

凄まじい幸運の持ち主である。そして、こうして二人の密会の一部始終を目撃してしまっていた。


「メイナとティルザには黙っておこう、うん…」


アンネはそう自分に言い聞かせると、ノエルがいなくなったのを見届けてから、イツキにバレないうちにこの場を去ろうと立ち上がった。

慎重に、そ~っと。

そして、ちょうどいい所に置いてあった手頃な廃材に足を引っ掛けると、ものの見事に転んだ。

あ、ヤバい。と思った時には、漫画の中のように腰からドスンと真っ逆さまだ。


「(痛ったぁ…!なんでこんな時に転ぶかなぁ…!!)」


アンネは自分のドジさに腹を立てつつも、持ち前の身体能力を生かして上手く受け身を取ってみせた。

思いっ切り背中を強打したが、何とか声を出さずに堪えると、イツキに気付かれていないか静かに確認する

…………大丈夫そうだ。

そして、視線を元に戻した瞬間、ぐらぐらと揺れている廃材の山が目に映った。


「え―――――?きゃぁぁぁ……!!」


直後、高々と積み上がっていた廃材がけたたましい音を立てて崩れはじめる。

なりふり構っていられるわけもなく、アンネは自分が隠れていることもすっかり忘れ、必死に廃材の隙間から抜け出した。

間一髪だ。危うく生き埋めになるところだった、と自分の運の良さに感謝しながら一息つく。

そして、顔を上げると、目を丸くしたイツキとばっちり目が合ったのだった。


「ア、 アハハ……こんなところで奇遇ですね〜…」


アンネはぎこちない笑みを浮かべて誤魔化そうとするが、どう考えても無理があった。

訂正。たぶん今日の私は運がないみたいです。

これにて万事休す。修羅場に突入だ。

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