第41話 少女の秘密

「やったぁ!じゃあ、今日は歓迎会しようよ!」


イツキの視界の端で、了解の返事を聞いたアンネがまるで新しい仲間が加わったかのようにはしゃいで回っていた。

こうして見るとただの無邪気な子供なのだが、彼女にはやはり人を惹き付ける何かがある。イツキにとっては眩しいほどの“何か”だ。それを守るために苦労するというのであれば、決して悪くはないだろう。


「ちょっと!メイはまだ認めたわけじゃないんだからね!」

「ノエルは私が守るから安心してくれ。もし手を出されたら必ず私に言うんだぞ?」

「ティルザ、悪い顔、してるよ?」


アンネの明るい雰囲気にあてられたからか、ニフティーメルの面々も普段通りに表情が柔らかくなっていく。

これで何度目か…と思うほどの懸案を乗り越え、これでようやく話がまとまったというわけだ。想像していた以上に厄介な案件が次々と出てきてしまったせいで、上手く収まるまで手間取ってしまった。

イツキが伝えるべきことはもう残っていない。けれど、“元勇者”にはまだやるべきことが残っていた。


「はぁ……メイ、もう疲れちゃった。あとはボストクさんに任せていい?」

「そうだね。細かいところは私とイツキさんで話しておくから、皆はひとまず休むといい。イツキさんもいきなりのことで混乱してるとは思いますが、後で改めてご案内しますので少し休まれてはいかがですか?」


疲れているニフティーメルたちを見て、ボストクが休息の提案をする。

途中であれこれ話が逸れた結果、かなりの時間を費やしてしまっていたようだ。既に日が傾きはじめ、夕闇の足音が少しずつ迫ってきていた。

護衛依頼に関する大筋の話はまとまっている。そして、このタイミングはイツキにとっても都合がいい。


「ああ、いいだろう。異論はない」

「ありがとうございます。では、お部屋まで案内します。ほら、皆も舞台ライブに向けて体調を崩さないように」

『は~い』


ボストクに急かされ、ニフティーメルのメンバーたちもぞろぞろと広間から部屋へと向かいはじめる。体調管理はアイドルにとって基本中の基本。これを言われれば誰も文句を口にすることなく従う。

しかし、イツキにも部屋まで用意されているということは、ボストクはイツキが提案を飲むことを予見していたのだろうか……いや、違う。こうなるように誘導していたのだ。


(情報源は……リンダか。まったく、面倒なことをさせてくれる)


イツキは姉御肌で世話焼きな酒場の女店主に向けて心の中で愚痴を言いつつ、その先見の明に感嘆していた。

イツキを相手にしてここまで綺麗に話を進められたということは、十中八九でイツキを知り尽くしているリンダの入れ知恵のおかげだ。ボストクが途中で議論に余計な口を挟まなかったのも、リンダの助言をもとに様々なパターンを想定してこの場に臨んでいたからだろう。

まんまと乗せられてしまった感はあるが、ここはこの冴えない劇場支配人の頑張りに免じて何も言わないでおこう。

イツキはそう結論付けると、ボストクの案内で劇場のさらに上階にある部屋へと向かうのだった。

そして、その途中、イツキはすれ違いざまに他の誰にも聞こえない小声でノエルに耳打ちをした。


「あとで話がある。いいな?」

「…………わかった」


イツキの言葉にノエルが小さくうなずく。その眼は、何かを察したように静かに揺れていた。


☆☆☆


レイルラン劇場の裏手にある空き地。何の変哲もないただの広場だ。

そこには使い捨てられた資材や舞台道具が置かれ、少し陰りのある雰囲気が漂っていた。普段から誰も立ち入らないためか、あちこちに積み上がっている資材の表面には汚れが目立っている。

時刻は夕刻。当然だが、他に誰かがいる気配はない。

そんな人目に付かない劇場の裏手で、不愛想な冒険者と魔族の少女が向かい合っていた。


「それで、話って、なに?」

「とぼけるな。無駄な問答は時間を食うだけだ。お前もわかっているから付いてきたんだろう」


無表情で問いを投げかけてきたノエルに、イツキがいつになく辛辣な言葉を返した。

ティルザに見られていたら土下座ものだが、イツキはこの魔族の少女―――ノエルとはある意味で旧知の仲なのだ。わざわざ誰もいない場所に来てまで知らぬ存ぜぬをするほど話のわからない相手ではないとイツキも重々承知していた。そして、イツキ自身もそんな茶番に付き合っていられるほどお人好しでもない。

ノエルもそれを察すると、視線だけで静かに周囲の気配を探りはじめた。


「……………人払いは?」

「即席だが、ちゃんと済ませてある。まず気付かれることはないだろう」


手早く用事を済ませたいイツキは即答で返事をする。

もともと彼女とコンタクトを取るつもりだったため、劇場に入る前に魔法を使っておいたのだ。小動物はともかく、人間ならば余程の幸運が重ならない限り近付くことすらないだろう。

その答えを聞くや否や、ノエルは俯きながらにぃぃぃと邪悪な笑みを浮かべた。


「………ったく、なんでこんなまどろっこしい方法で来たんだよ。オレ様を封印しやがった勇者様がよぉ」


ノエルはそれまで人形のように動かなかった表情を歪ませて、内側に秘めていた別の自分を表に出した。暴力的で、破壊的な気配がどっと溢れ出す。

この少女は、かつて魔王と崇められた絶対的な魔族、その成れの果てだ。

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