第39話 護衛

「念を押しておくが、俺は彼女に対して何かをするつもりはない。それだけは安心してくれ」


イツキは会話が一周回って落ち着いてから、改めてノエルの安全を保障した。

わざわざ魔族に言及したのも今後の火種を防ぐためであり、万が一ノエルが魔族であることを明かしていなかった時にもイツキが仲裁できるように仕向けるためだった。まあ、結果的にはそれも杞憂に終わったわけだが……。

けれど、彼女たちはイツキの想像以上に主人公アイドルだった。それだけは間違いない。


「はぁぁぁ……最初はどうなることかと思ったよ~…!」


イツキが敵ではないことがわかり、アンネがへなへなと力尽きたように座り込む。緊迫した空気感の中で相当なプレッシャーがかかっていたのだろう。だが、その気の抜けた笑顔からは温かい安心感がにじみ出ていた。

そんなアンネの姿を見たことで、ようやく他のメンバーたちも緊張感から解き放たれていき、ほっとした雰囲気が広がっていく。


「ま、まあ、メイはこうなるって最初からわかってたから?全っ然平気だったけど?」

「でも、メイナ、さっきから足震えてた」

「そうやって自分から言わなければいいものを……」


ノエルとティルザから口々に指摘され、見栄を張っていたメイナの顔が見る見るうちに羞恥心で赤く染まっていく。こうなっては立つ瀬がないだろう。

そのあまりにも綺麗な流れにイツキも思わず笑ってしまう。

周囲からの微笑ましい視線に晒されたメイナは「うが~っ!!」と声を上げると、小馬鹿にした様子のイツキたちをキッと睨みつけた。


「う、うっさいわね!ちょっとぐらいカッコつけたっていいじゃない!あんたも笑ってんじゃないわよ!」

「いや、すまない。少し可愛らしくてな」

「かわ……っ!?ふ、ふん!まあそーゆーことなら許してあげなくもないわ!」


顔を真っ赤にして怒っていたメイナは不意のイツキの褒め言葉に面食らったように後退ると、恥ずかしそうにプイっと視線を逸らした。可愛らしい照れ隠しの仕草だ。

そんな小人族レプラカーンの少女の様子を見て、イツキたちの頭の中に共通の言葉が浮かぶ。


「ちょろい」「ちょろいな」「うん、ちょろい、ね」

「あんた達、ちょっとそこで正座しなさい!!」


顔を見合わせて互いにうなずきながら感想を述べるイツキたちに向けて、メイナが怒気を含んだ声で突っかかっていく。

微笑ましい、と表現するのが正しいのだろう。緊張感から解放されたからなのか、いつも以上にはしゃいでいる様子だ。イツキとしては、舞台ステージの上では見ることができないアイドルたちの日常風景を眺めることができて、まさに感無量だった。オタク冥利に尽きるとはこのことだろう。

すると、そんなイツキを隣で見ていたアンネが何やら考え込んだ表情で顔を覗き込んできた。


「む〜…何か違うんだよね……」

「どうした?」

「前に私と会った時と反応違いません?」

「………いや、そんなことはない。あの時はダンジョン帰りで疲れていてな、手早く済ませておきたかっただけだ」


イツキはあからさまに怪しい挙動をしながら誤魔化すように顔を逸らした。

いくら何でも「あまりの可愛さに見惚れていて上手く話せなかった」とは口が裂けても言えない。今も仕事上の関係だから話せているだけで、意識してしまうと心の奥に押し込んであるオタク気質が顔を覗かせてくるのだ。


「ふ〜ん……じゃあ、そーゆーことにしておいてあげます」


アンネは若干納得していない様子でじと~っとした目で見てきていたが、ここで追及の手を引いてくれた。イツキはほっと胸を撫で下ろした。

これ以上近寄られていたら精神の安定を保てずに心と体が分裂するところだったが、これまでに培ってきた精神力を総動員して何とか耐え切ることができた。

やはり、日々の鍛錬は欠かせないな……とイツキは相変わらずズレた決意を心の中でしたのだった。


「さて、話も綺麗にまとまったことですし、私からも一つよろしいですか?」


それまで傍観を続けていたボストクが注目を集めるように手を叩いた。正直あまり気が強そうな印象はなかったが、先ほどの騒動から常に落ち着いており、相当肝が据わっていることが伺える。

そして、ボストクはざわついていた少女たちが落ち着くのを確認すると、軽く咳払いをしてから話をはじめた。


「これはあくまでも提案なのですが、イツキさんにも、ここレイルラン劇場に滞在していただくのはどうでしょうか?」

「滞在………?」

「警護も兼ねて、共に生活していただくということです」


イツキがボストクの意味深な言葉に眉をひそめて返答すると、予想の斜め上を行く答えが返ってきた。その言葉にイツキだけでなく、その場にいた誰もがポカーンと呆気にとられる。

一瞬の沈黙。そして、ようやく頭の中で整理がついた時には、誰もが驚愕の渦に巻き込まれていた。


『えぇ~~~っ!!?』


レイルラン劇場を揺るがすほどの頓狂な声が広間に響き渡った。

“共に生活する”ということは、イツキがここに住み込むということだ。一つ屋根の下で暮らす、同棲する、寝食を共にする、etc…。いくらでも言いようはあるが、要はほぼ初対面のイツキと共に暮らすということだ。

そして、それは思春期真っ只中の少女たちにとってみれば、天地を揺るがす大事件だった。


「こいつと一緒に生活ってこと?!ボストクさん、どうしちゃったの?!」

「青天の霹靂とはまさにこのことだな。あのボストクさんがここまで思い切った提案をするとは…」

「わたしも、ちょっとだけ、驚いた」


初対面のイツキだけでなく、メイナたちも一同に驚きの声を上げていた。

普段は控えめで強気の選択はしないことの多いボストクが、これほど大胆な提案をしてきたのだから当然の反応だろう。しかし、当の本人は澄ました表情のまま落ち着いて説明を続ける。


「あくまでも提案とは言っていますが、万全を期すということなら夜間こそ護衛が必要になるでしょう。野蛮な輩がこの劇場に侵入しないとは限りませんからね。万が一の危険を考慮するのであれば、護衛であるイツキさんが出来る限り近くにいるべきです。そうですよね、イツキさん?」

「いや、俺もさすがに住み込みというのはどうかと思うのだが……」


いきなりボストクから話を振られて、さすがのイツキも困惑してしまう。この場面では肯定も否定も悪手だ。

たしかに“護衛を完璧にこなす”という意味合いで言えば、同じ空間にいた方が確実性は上がるだろう。イツキであれば大抵の敵の感知はできるうえに、イツキ自身が状態異常で身動きが取れなくなる、なんてことも起きない。剣技・魔法において最高峰の技術を持つ“元勇者”なのだから、これほど心強い護衛はいないだろう。

だが、それとこれとは全く話が違う。


「支配人の言いたいことはわかる。しかし、ここにいるメンバーから賛同が得られなければ意味がないのではないか?」

「イツキ殿の言う通りだ。こればかりは厄介な話になってしまうだろう」

「メイは反対よ!いくら何でも滅茶苦茶すぎるじゃない!ねえ、アンネもそう思わない?」

「いいんじゃないですか?私は賛成です!」

「ほら、アンネだってこう言って…………え??」


アンネからの予想外の返答に、勢いよく抗議していたメイナが口を半開きにしたまま見事にすっ転んだ。他のメンバーたちも目を丸くして息を呑んでいる。まるで漫画のワンシーンのような絵面だ。

そんな中、ニフティーメルのリーダーは一人でうんうんと納得していたのだった。

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