第36話 尊さ

「アンネ、あー…その…知り合いなのか?」


大声をあげて驚くアンネの姿を見て、ティルザが引き気味に確認を取る。ティルザだけでなく、他の面々もアンネの反応に驚いて目を丸くしていた。

顔を見た途端にいきなり相手を指差して叫び声をあげたのだから、当然と言えば当然だ。それを自覚した途端、アンネは頬が熱くなるのを感じた。


「いやまあ、知り合いというか、つい出遭ったばかりというか…」

「先日彼女が暴漢に襲われたところを、偶然通りがかった俺が助けただけだ」


あの日は色々と起きたため、アンネにも上手く説明できずにしどろもどろになるが、そこにイツキが過程をすっ飛ばして要約を投げ込んでいく。

普通に考えれば他にも言及すべき内容はあるのだが、イツキとしてはこれが全てであり、まったく悪気はない。それに何より“間違いではない”のだ。

だが、アンネはこのイツキの説明だけでは全然納得できないのか、頬を膨らませて少し不満げな表情をする。


「それは……そうですけど、あなたも十分不審でしたよ?たしかに助けてもらいましたし、私も出会い頭に魔法を撃ったのは申し訳ないと思っていますけど、もうちょっと何かあるんじゃないですか?」

「不審というのは、オレの格好を指しているのか?別に見た目にこだわらなくとも仕事はできる。あと、魔法については気にするな。大したことじゃない。それにきっちり自警団にも送り届けたはずだが、他に何かあったのか?」

「はぁ……まあ、こーゆー人。悪い人じゃないとは思うよ」


相変わらず少しズレているイツキの返答にアンネも反応が追い付かず、投げやりに軌道修正を諦めた。その表情には“付き合うだけ無駄だ”と、ありありと書かれていた。

すると、たった一瞬で疲れ切った表情になってしまったアンネを他所に、他のメンバーたちが興味深そうにイツキを観察しはじめる。


「ふ〜ん……それってつまり、アンネの命の恩人ってわけ?あんまりそうは見えないんだけど…」

「メイナ、失礼だぞ。これから私たちの護衛を頼む人なんだ。礼儀ぐらいは弁えておいた方がいいだろう」


明らかに怪しそうな様相の冒険者を見て、他人には手厳しいメイナが怪訝な表情を浮かべるが、例のごとく礼儀にはうるさいティルザがたしなめに入っていく。

とはいえ、そのティルザもお世辞にも良い装備とは言えないイツキの姿を見て、若干困惑している様子だ。そもそも、突然呼ばれたこの不審な冒険者を信用しろというのが土台無理な話なのだ。


「別に、メイは思ったことを素直に言っただけよ。それに本当にこれから命を預けるのなら、それ相応の人じゃないと困るでしょ?」

「個人的な評価を下すのは構わないと思うが、それは心の中にでも留めておくべきではないか?なあ、ノエル?」

「うん。ティルザ、えらい」

「ふ、ふひひ……ほら見ろ!ノエルだってこう言ってるじゃないか!」

「それ、あんたがノエルに褒めて欲しかっただけでしょ……」


ノエルに褒められてわかりやすく頬を緩めるティルザを見て、メイナが呆れ果てたように大きくため息をついた。落ち着くどころか、ますます騒がしくなっていく一方だ。

その時、いつまで経っても静かになる気配のないニフティーメルの面々を見かねて、支配人であるボストクが手を叩いて注意する。


「ほら、君たち、静かにしなさい!!これは遊びではなく、正式な依頼の話なんだ。イツキさんが困っているじゃないか」

「俺は気にしない。依頼を受けたら全うする。それだけだ」


場を収めようとするボストクの意図とは正反対に、イツキは相変わらず我が道を突き進んでいく。

すると、訝しげにイツキを眺めていたメイナが仲間の輪を抜け出して、一人でイツキに近付いていった。そして、目の前で立ち止まると勝気な目で下から睨みつけた。


「ねぇ、あんた、強いんでしょ?」

「ああ。少なくとも君たちよりは遥かに強いだろう」

「ふ〜ん……なら、いいわ」


メイナはそれだけ確認すると、すぐに背を向けた。


「―――――って言うと思った?」


メイナはすぐさま振り返ると、全身に魔力を纏う。ニフティーメルはアイドルだが、圧倒的な才能と天才的な素養を併せ持つ魔法のスペシャリストだ。

僅かな時間で纏ったとはいえ、ピリピリと肌を刺すような魔力の波が溢れ出ていた。イツキの目から見ても仮借なしの全力だろう。つまり、メイナは本気で魔法を放とうとしているということだ。


「【エアロ・スラスト】―――!!」


なめらかな魔力の流れによって、いくつもの球体状の小さな竜巻がメイナの周囲に浮かぶ。圧縮された風の塊はチリチリと高周波の風切り音を放ちながら、どんどんその勢いを加速させていく。


「【発射シュート】―――!!」


メイナの掛け声に合わせて、一斉に小さな竜巻たちがイツキに襲い掛かってくる。

風魔法の単調な射撃攻撃と思いきや、それぞれが別々の軌道で迫ってきていた。緻密な魔力操作の賜物だろう。

イツキはメイナの魔法の完成度に舌を巻きつつ、如何にしてこの攻撃を無効化するかを思考する。

まず、この狭い室内で剣を振るうわけにはいかないため、以前のように消し飛ばすことはできない。となると、魔法か武技スキルで相殺するのが手っ取り早いが、こちらの威力が過剰だと周囲の人たちに被害が出てしまうことになる。

厭らしい二段構えの戦法だ。恐らくメイナは全てを考慮したうえで攻撃を仕掛けてきているのだろう。末恐ろしい少女だ。

だが、イツキにとっては大した障害ではない。


「はぁっ――――――――!!」


イツキは手に魔力を纏わせると、そのまま手刀で小さな竜巻を全て切り裂いてみせた。

そもそも直撃してもほとんど傷がつくことがないのだから、武器でなくとも捻じ伏せる程度は容易なことだ。


「……………っ!?まだまだ!!」


素手で竜巻を消し飛ばすというイツキの予想外の対応に、メイナが驚きのあまり一瞬息を吞む。けれど、すぐに負けじとイツキの周囲を取り囲むように竜巻を作り出すと、間髪を入れず一斉に放った。

今度は全方位からの集中砲火だ。その辺にいる下級冒険者程度なら、これだけで瞬殺だろう。

だが、それも百戦錬磨の元勇者には大した意味はなかった。


「子供騙しだな」


イツキは気配だけで全ての竜巻を感じ取ると、目が追い付かない神速で手刀を振り、完璧にメイナの魔法を無力化してみせた。無駄な動きが一切ない、美しい演舞のようだ。

そんなイツキの超人芸を目の当たりにして、メイナは感嘆したように纏っていた魔力を解いた。


「あんた、本当に強いのね。安心したわ」

「これで満足か?」

「ええ、ちゃんとメイたちのことを守りなさいよ……アンネに怪我させたらタダじゃおかないんだから!」


メイナは去り際にビシッと指を差して忠告をすると、「一体なんだったんだ…」と呆れた表情のイツキを他所に、満足した様子で元いた場所へと戻っていった。

だが、そんなメイナを待っていたのはニフティーメルの鬼リーダー、アンネだ。


「ちょっと、メイナ!何してるの?!」

「アンネ……。別に、あの顔にイライラしたから魔法をぶつけてやっただけ」


少し怒り気味のアンネに詰め寄られ、メイナは気まずそうに視線を逸らして言い訳を口にする。さっきの一連の行動は叱られるのを覚悟してのことだろう。

だが、アンネは少し屈んでから優しくメイナの手を取ると、真剣な眼差しでメイナの目を見つめた。


「そうじゃないよ!メイナは大丈夫なの?怪我してない?」


アンネは叱ることなく、本心からメイナの無事を心配していた。まるでそそっかしい妹を見守る姉のようだ。

てっきりこっぴどく怒られるものだと思っていたメイナは、アンネの予想外な言葉に目を丸くして呆気に取られる。


「う、うん……大丈夫。メイは魔法を撃っただけだから、怪我とかは全然……」

「もう、メイナは目を離すといつも無茶するんだから。あとイツキさん…?も大丈夫でしたか?」

「ああ、問題ない」

「なら、よかったです!まったくもう……こらメイナ!ちゃんと反省してるの?」

「わかったわよ!本当にアンネは世話焼きなんだから…!」


照れた表情で文句を言いながら顔を逸らすメイナと、そんなメイナを逃がさないように軽く抱きつきながら追及するアンネ。

ニフティーメルではいつもの光景であり、はたから見れば本物の姉妹同然だろう。けれど、それ以上に通じ合っている特別感が二人の間にはあった。


「………………………尊い」


二人のやり取りから溢れ出る輝きに魂を焼かれ、世界平和の悟りを開きそうになりながら一人のオタクが絞り出すように呟いた。今日も世界は美しい。

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