第4話 息子との対話


 結局、旅行のプランはヒカルに丸投げにして、愛子は費用だけを持つことにした。

 提示した条件が気に入らないらしく、いちいちヒカルが文句を言うので面倒くさくなって、丸投げすることにしたのである。飛行機で行こうと言えば、列車がいいといい、安めの民宿にしようかと言えばホテルでなくては嫌だなど、やかましかった。

 だから、前日に荷造りをするまで、何時に出発するのかさえわからなかった。


「明日、ヴィクトリア駅から八時出発の列車に乗るよ。着いたらハワード・レジデンスにチェックインして、エディンバラ城に行くんだ。夕食はコロナイズ・シグネットでスコットランド料理を食べて、ホテルで一泊。次の日はホーリールード宮殿を見学。アーサー王の玉座まで散歩して」

「城や宮殿見学はともかく、宿屋とレストランはそこまで高い所じゃなくても」

 開いた口が塞がらない。いくら財布がこちら持ちとは言え、贅沢が過ぎる。  ティーンエージャーの観光には勿体ないだろう。もう申し込んでしまったのだから遅いけれど、やっぱり丸投げはまずかった。ヒカルが口にしたホテルもレストランも、星が三つも四つも付く名店だ。


 公務員だから安定収入ではあるけれど、決して高給取りというわけではない私は、世間知らずな息子の選択を呪いたくなった。

「ママだって、のんびり旅行なんて久しぶりじゃないか。ちょっとくらい贅沢したって罰は当たらないよ。」

 娘が横から口を挟んできた。親を労わる有り難いお言葉ではある。その費用を出すのが私でなければ。

 帰ってきたら、質素倹約をモットーに生活しなくては、と心に決めた。

「楽しんできてよ、ママ。」

 ミスズがにっこり笑ってスーツケースに着替えを入れる私の手伝いをしてくれる。主にふたを閉める重りとして。

「ちょっと、せっかくのお出かけなんだからもうちょっとおしゃれな服持って行ったら?下着くらい新しいのを」

 さりげなく中身をチェックしている娘が、細かいチェックを入れた。

 やかましいわ、息子と出掛けるのに何をしゃれこめと言うのだ。

「アタシ、ママの下着はこっちの方がイイと思うの。ちょっとセクシーで可愛いわ。」

「ちょっと、やめなさい、ミスズ。ここにはヒカルだっているのよ?年食った母親の下着を見ていい気持するはずがないじゃないの。」 

 慌てて勝手に私のクローゼットからブラとショーツのセットを引っ張り出してきたミスズを叱りつける。その手から奪うように分捕った。

「ええ~?そう?気になるぅ?ヒカル」

 白々しくも、妹が旅行先のパンフレットを眺めている兄に尋ねる。聞くまでも無い質問だ。

「気にならないと言えば嘘になるね。」

 息子は苦笑してそう答える。

「ホラ、ごらんなさい!引いてるわよ。全く、双子とは言っても男女の違いがあるんだから、ちょっとは気を使ったらどうなの。」

 まったくミスズの悪い癖だ。

 いい加減意識してもいい年齢なのに、彼女は兄を異性扱いしない。下ネタも得意だし、彼の下着の上に平気で自分の下着を重ねて置いたりする。

 ヒカルが穏やかな大人であるからこそ許されるのに、その事実に全く気付いていないのではないか。

 どうしてこんな娘が外に出ると大勢の男子を連れて歩いているとか言われるのだろう。しかも、実際に結構もてるのだという話なんだから、世も末だ。

「アタシのことはどうでもいいのよママ。休暇を楽しむことを考えてきて。」

「話をすり替えないの。」



 エディンバラ行きの特別列車に乗り込み、予約した個室に乗り込むと荷物を端に寄せる。

「列車の旅なんて何年振りかしら。」

「ロマンチックでしょ?若返るでしょ、アイコ。」

「皮肉言ってるつもりなら逆効果だからね。ママは可愛い息子のために」

「ハイハイ。わかってますって。」

 いなすように宥められ面白くないけれど、ヒカルとの会話は大腿いつもこんな感じだ。

 少年の頃から大人びていたので、ミスズに対して叱る様に怒ったことは無い。ミスズには、感情のままに怒鳴ったり説教臭く長々と問い詰めたりするけれど、ヒカルにはそれが通用しないのだ。

 息子が吐く言葉はいつも正論で、理路整然としている。子供のくせに冷静な声で淡々と言われると、未熟な大人であるこっちが逆に頭に来てしまう。

 だから、対等な相手と話すように会話していると、いつのまにかこっちが子ども扱いされてしまう事さえあった。

 どんなにロマンチックであろうとも、若返りそうなほどであっても、同行するのは息子であり、自分はアラフォーのおばさんだ。

 そして、そのロマンチックにかかる費用は自分持ちなのだから、若返るどころか、老け込んでしまいそうなくらいだった。

「アイコ、あのね、旅行に一緒に行ってって言ったのはね。」

「ん」

 座席を向かい合わせにして腰を下ろす。

「いくつか話したいことがあるからなんだ。」

 端正な横顔は、なんとなく寂しそうだった。


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