うちの息子が主張し過ぎる

ちわみろく

うちの息子が主張し過ぎて困ります。

第1話 もうそんな年なのね


 黒髪に黒い瞳。

 整った顔立ち。まったくもって誰に似たのだろう。少なくとも自分ということは有り得ない。

 髪は確かに黒いのに、光の加減で時折柔らかな栗色に見える。黒い瞳なのに、少し青みがかっている。

 細面で高い鼻筋。

 声も、その年齢としてはやや高めの掠れ声。

 さぞかし女子にモテると思われるが、その手の話を本人から聞いたことがない。

 正直言って親である自分も胸騒ぎがするくらい、いい男に育ったもんだ。声が変わった時にはなんだか寂しくて、身長を抜かれた時には感慨深かった。

 女親にとって息子と言うのは殊更に可愛いものだと言うけれど、自分もそれだろうかと思う。彼の双子の妹には感じないいくつかの感情があった。

 息子が成長と共に初恋の人に似てきているような気がして、気の迷いを起こさぬよう、硬く肝に銘じるのだ。

 彼は大事な息子で、親友の忘れ形見である。

 娘同様に、成人するまで大切に育てるのが私の役目なのだ。




 そんな息子が、18歳になった誕生日に、親である自分に強請ったのは、家族旅行だった。

「えー、いやよ、アタシ。18にもなって今更家族旅行とか、有り得ない。行くんなら友達か彼氏と行くわ。」

 ですよね。

 自分が18だったら同じ事を言うだろうと思う。娘よ、あんたは正しい。私の育て方は正しかった。それがこの年代の正しい反応だ。

「ミスズは誕生日に何が欲しいのさ?」

 鏡の前で頭をいじくりまわしている妹へ向かって尋ねた息子はいかにも心外そうな顔をしてからそう言った。

 彼の双子の妹であるミスズは振り返る。わさっと髪が揺れた。金茶色の豊かな髪はまるでライオンの鬣のようだ。青い瞳はキラキラと輝き大きく見開いた。

 二卵性双生児である二人は、余りに似ていない。色合い、性格共に全く違う。

 誕生日に家族旅行がしたいなどという甘えたおねだりをする息子と違い、現実的な妹はきっぱりと言った。

「現金っ!!」

 思わずため息が漏れる。

 半ば予想していた答えとは言え、余りにも夢のない言葉に双子の兄も親である自分も呆れ顔だ。

「・・・一体何に使うお金が欲しいのよ?」

「使用目的を詮索されない現金が欲しい。」

 可愛くない返答に、苦虫を噛み潰した顔になる。

「ヒカルはママと旅行行きたいんでしょ。その旅行にかかる費用と同額だけ現金支給。ママとヒカルがどこへ行こうとどんな美味しいものを食べて帰ってこようと追及はしないわ。ちゃんと留守番もする。掃除洗濯炊事もやっとく。ゴミ出しも。希望があれば近所の井戸端会議にだって顔を出しておくわよ?」

 井戸端会議なんて、そんなんあるかい。どこで知ったんだ、そんな言葉。

「どうせママのいないうちに友達呼んで、どんちゃん騒ぎでもやらかすつもりなんだろ。」

「あ、バレた?」

「ちょっと、ミスズ・・・」

「だーいじょーぶ。近所に迷惑かかるようなことはしないって!ね、ママそれで手を打ちましょう?」

「ミスズ、それ日本語の使い方間違ってる。」

「うるさいわねヒカル。」

 やいのやいのと言い争い始めた双子を横目に、愛子あいこは朝食の空いた食器を片付け始めた。

 なんだかんだで仲のいい兄妹なのだが、どちらも理屈っぽいので口喧嘩を始めると長くなるのだ。付き合っている時間はない。間もなく出勤時間である。食器を洗って乾燥機に入れ、着替えて化粧を直して家を出なくてはならない。

 我が家は母子家庭だ。働き手は私しかいない。二人の子供はまだ学生である。

「ママはもうすぐ出かけるから、ちゃんと戸締りして学校行くのよー」

 そう声をかけて二階へあがってしまうと、元気な二人の返事が返って来た。素直で大変よろしい。 



 地下鉄を乗り継いで職場へ辿り着く。都心の大きなビルの三階フロアを借り切っている私の職場は公的機関だった。


「愛子、おはよう。早いじゃない。」

 同僚の佐那さなが朝のコーヒーを片手に同じエレベーターへ乗り込んでくる。彼女は私の一年後に入って来た人で、年齢も同じアラフォーである。

「お早う、佐那。子供が誕生祝に何が欲しいとかで喧嘩始めちゃって、家にいられなくて早めに出て着ちゃった。」

「なにそれ、朝っぱらから。まったく子供は気楽でいいわよねぇ。」

「ほんとほんと。やってらんないわよ。こっちは朝から洗濯やら朝食やら作って仕事だっていうのにさ。」

 彼女にも子供がいるので家庭の愚痴はお互い様だ。朝一番だろうと遠慮なく溢せるのが気楽だった。愛子と違う点は、彼女にはちゃんと旦那さんがいて、別の会社で働いている事だ。もっともシングルマザーなど珍しいものではないので、誰も気にしない。

「書類作ってあったっけ?紙にしなくちゃいけない奴。」

 廊下を歩きながら昨日の仕事の経過を確認する。

「電子決済の済んでる奴は一通り印刷終わってると思うわよ。」

「ならよかった。最近印刷機の調子悪くて、困ってるのよね。業者は中々修理に来ないしさ。」

「本当よねー。呑気なんだから。」

「ところで愛子はいつ休み申請出すの?あたしとかぶらないようにって次長に釘刺されてるのよ。確認しときたいわ。」

「あー、夏休みね。そうねぇ・・・子供たちのホリデイシーズンは夏いっぱいで長いから、佐那の都合に合わせるわよ。日本に帰るんでしょ?」

「そうなのよ。航空券もさっさと取らないと満席になっちゃうから。二週間後なんだけど、いいかしら?」

「わかった。じゃあ、私は来週か来月にするわ。あとで上司に聞いておく。」

「ありがと、助かるわ。」

 居室へ辿り着いて各々の席に着く。

 すでに上司は出勤していた。挨拶をしてバッグを机の引き出しに入れて鍵をかけ、端末を起ち上げる。

 スケジュール管理表が上がって来た画面を見て、来週の日付と来月の初頭に休み希望を書きこんだ。これを上司宛に送れば休暇申請になる。

 数秒で、更新され、休暇が認めらた旨が書かれていた。

 顔を上げて上司の顔色をうかがう。今年50になるロマンスグレーのMr.田中が、了承の印に軽く手を上げてくれた。

 ふと、考える。これで休みの日程は決まったけれど。

 どこへ旅行へ行ったらいいのだろうか。佐那のように日本へ帰国すると言う手もあるが、それならばミスズもヒカルも両方連れて帰らねばならない。でなければ日本にいる愛子の身内は納得してくれないだろう。もういい年なんだから、いちいち親の帰省に付き合わせることも無い気がするけれど、日本にいる身内、特に姉は愛子の子供たちの顔を見たがるだろう。

 両親はもう他界していないが、姉と叔父や叔母が日本にいる。たまには顔を見せるのも浮世の義理なのだ。

 年頃の息子を喜ばせ、アラフォーの自分がそんなにくたびれずに済む観光地と言うと、・・・思い浮かばない。

 昼休みにでも旅行サイトでもあさってみようかと考え、端末の画面に並んだ本日のお仕事と向かい合った。

 

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