ショートショート「笑顔」
棗りかこ
ショートショート「笑顔」(1話完結)
三谷は、笑顔に自信がなかった。
自然に笑おうとしても、どうしても、ひきつったような顔になるだけで、
友人には、いつも、怒ってる?と、聞かれる程だった。
三谷は、鏡を見る度に、笑顔を作ろうと、努力した。
だが、なかなか、出来ない。
三谷は、刑事だった。
そして、同僚は、山さんと、言われる男だった。
山さんというのが、三谷の秘かな憧れだった。
何しろ、笑顔がいい。 人懐こい笑顔で、同僚の皆から、好かれていた。
あいつは、安心できるよなー。
なんか、ほっと出来るよ。
なかなかの、高評価だった。
同僚から好かれただけでなく、山さんは、仕事も出来る男だった。
もたもたしている、婦人警官を見つけると、残業しそうだね、貸しな。といっては、仕事を手伝う。
婦人警官は、山さんをうるんだ目でみつめていた。
うらやましい…。 三谷は、思った。
山さんを、見習うんだ。三谷は、山さんの一挙一投足を、悩ましげにみつめた。
いつしか、署の中で、変な噂が立って居た。
三谷がさー。 婦人警官の噂話が、尾ひれをついて、広まっていた。
山さんのこと、好きらしいよ。
きゃああああああーーーーーー。女たちが、騒いだ。
あの目を見てごらんよ。あれはね、恋をしている目だよ。
うっそーーーーーー。気色悪ーーーーーーー。
三谷の周りを、そーっと窺う婦人警官達。
ねーーーーーーっつ!
きゃーーーー、目が腐りそう!!
三谷は、それ程までに、自分が嫌われているとは、知らずに、山さんを注意深く、見つめていた。
山さんみたいに、なりたいな。
きゃあああああああーーーー、変態よーーーー。
女達は、ともかく、男達も、気付くようになっていた。
どうする?
男達は、気色悪そうに、三谷を見た。
浮いている…。三谷は思った。それもこれも、俺が山さんみたいになれないからだ。
三谷は焦った。
笑顔で、皆を振り返ろうと、くるりと、椅子を蹴って、後ろを見た。
さささささっ。皆は、今まで三谷を見つめていたことを、気取られぬように、素っ気無い振りをした。
三谷は、山さんを見ていても、一向に、笑顔の秘訣がわからず、悩んだ。
その悩ましさが、さらに、皆の誤解を煽った。
山さん、今日、俺と食事に行かない?
山さんは、皆から気の毒がられて、何も聞かされていなかった。
いいよ、と、いつもの気さくさで応えた。
誘ったわ…。皆が、固唾を飲んだ。
いよいよ…。
いよいよなのね…。
いよいよか…。
二人で、出て行く様を、皆が見つめる中、三谷は、笑った。
今夜は、食事でもして、笑顔の秘訣を聞くか。
笑顔よ------。 女達は、眩暈がしそうに、なった。
三谷が笑ったわ。きっと、今夜何かするつもりよ。
男達はというと、さあて、と、知らぬ振りを決め込むことに、決めた。
余り考えたくない図柄が浮かびそうになるからだ。
次の朝、山さんに相談したかいがあって、三谷は、うれしさも手伝って、笑顔になっていた。
楽しい時を、思い出せば、自然に笑えるよ。
言われてみれば、なあんだ、と、言う程度のことだった。
笑顔って、簡単なんだ…。
これから、自分に起こるいいことを想って、三谷は、笑った。
オレ、笑ってるよな。うん、笑顔、笑顔。
それを、皆が薄気味悪い表情で見ていたことを、三谷は知らなかった。
きっと、昨日、何かあったのだ。皆が顔を見合わせた。
きゃああああああああ。
皆が想像を逞しくして、悶えそうになった時、三谷が、笑った。
笑顔、笑顔。
その瞬間、皆が、外へ飛び出していった。
きゃああああああああーーーーーーーー。
笑顔…。
―完―
ショートショート「笑顔」 棗りかこ @natumerikako
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