霊能力者紅倉美姫4 寝苦しい夜

岳石祭人

第1話 脚が痛い

「あっ、イタたたた…」

 目覚ましのアラームに反射的に手を伸ばすと、ギクリとするような痛みを感じて悲鳴を上げ、玲緒奈(れおな)は身をよじり、布団の中でしばらく大騒ぎした。

 思い切り不機嫌に布団をはぐって身を起こし、おっかなびっくり右のふくらはぎをさすった。

「あ、イタたたたたた……」

 筋肉が割れるように痛い。あまりの痛さに胃液が溢れてくるような気持ち悪さを感じ、その痛みが寝ている間にも自分を苦しめていたことを思い出した。

 ひどい悪夢を見ていたように思う。

 悪夢ばかりでなく、現実に足がずっとつっていたようだ。

 膝を立てて足を引き寄せ、慎重に足首を前後に動かし、両手で足首から上へふくらはぎをもんで行った。手の中で筋肉がこちこちに固まっているのが分かる。だいぶ重症だ。

「ちょっときつかったからなあ」

 これも職業病かと諦めたため息をついた。

 玲緒奈は大学生だが、イベントコンパニオンのアルバイトをしていた。

 週末3日間、エコ技術の大きな展示会があり、参加していた。

 一日中立ちっぱなしで、ニコニコ笑顔を作ってお客様に声をかけ、質問されれば展示品についてしっかり説明しなければならない。中には不快なお客もいて、顔は笑いつつ心で『こっちはキャバクラ嬢じゃねーんだよ、勘違いしてんじゃねえぞ、こら!』と思い、けれど決して表に出さず、お客様には決して失礼のないように。休憩の間にトイレで、「はあーっ」と低いため息を吐き出すのだ。

 体力的にきついし、緊張はするし、ストレスは溜まるし。

 お給料も普通のバイトに毛が生えた程度で、そのくせ持ち出しは多いし。

 華やかな見た目の裏側で、

『やってらんねーわよ!』

 と思うこともしばしばだが、玲緒奈にはこの仕事をしながら野望があった。みんなが狙っていることだが。

 イベントコンパニオンを足がかりに、最終的には一流ファッション誌のモデルか、テレビに出演する芸能人になりたいのだ。

 それはほんの一握りの幸運(持って生まれた資質も含め)な人間にのみ開ける栄光の細き道だが、それを狙う彼女たちは99.99パーセント本気だ。

 そんな体力を消耗して精神の緊張する3日間を過ごしたのだが、今日は水曜。疲れが残っているのは致し方ないにしても、中年のおばさんじゃあるまいし、3日も経ってから本格的に症状が出てくるなんて、ちょっと嫌だ。

 毎夜寝る前に美容の為のストレッチは欠かさないし、

『なんでかなあ……』

 と、少し不安になった。

 よくよく考えてみるとイベントの夜からなんだか眠りが浅く、翌朝すっきりしない感じで、どうも夜な夜な悪夢を見ていたような気がする。玲緒奈は基本的に元気な健康者で、夢なんて見ても起きる頃にはすっかり忘れてしまっていることがほとんどだ。

『イベントで何か嫌ことでもあったかなあ?……』

 大勢の人間相手で、同業の仲間もみんなライバルで楽屋に回れば和気あいあいなんて雰囲気とはほど遠いし、毎回何かしら嫌な思いをするのが当たり前だが、それにしてもこんなに、毎晩悪夢を見てあげくの果てに足をひどくつるほど、心にわだかまるようなことがあっただろうか?

 玲緒奈は考えたが、思いつかず、

「ま、いっか」

 と、本来の楽天的な性格で思い、大学に行く準備にベッドを降りた。

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