4-7 見つけた
朝からドタバタと騒がしく走り回る音が建物中に響き渡る。足音の主はケイの部屋の前で止まり、バタンと豪快に扉を開いた。
最初こそ驚いたものの、ドアを開けた人物を見たケイは呆れてため息を吐いた。
「なんだよリン、朝からうるさいぞ」
「……ない……の……」
顔を俯かせたリンから溢れる声は小さく、所々しか聞き取ることができない。ケイは怪訝な顔をして、もう一度尋ねた。
「なに? はっきり話してくれないと聞こえないんだけど」
ケイの声にリンは顔を上げ、彼を睨む。ズカズカと部屋に押し入り、ケイの胸ぐらを掴んだ。
「ちょ! なになに!」
「い、いないの! チホちゃんがどこにも……!」
殴られるのかと思い込んで目をきつく閉じていたケイは胸を撫で下ろした。そして数秒後――
「「えぇ?!」」
ケイと、騒がしい二人の様子を見に来たアヤは一緒に叫び声を上げた。
これはチホが出て行き夜が明けた翌日の朝、建物内に彼女の姿がないことで騒然としている四人の会話である。
「マルさん、昨日リンさんが言ってたようにチホさんの見張りはしたんですよね?」
「うん」
アヤの質問にマルは頷き、アヤも頷く。これは文字通り当たり前なのだ。マルは言われればする。自主性はほとんどないが、言われたことを拒否することもないし、投げ出すこともない。
「なら、どうして出て行こうとするチホさんを止めなかったんですか?」
先ほどとは異なり、アヤの質問にマルは首を傾げる。そして二度瞬きをした後、口を開いた。
「止めるって?」
「あぁーーーー!!」
リンが突然上げた奇声に驚き、二人は肩をびくりと震わせた。アヤが声のした方を振り返ると、頭を抱えて体を戦慄かせているリンがいた。
「言い方がアバウト過ぎたんだ!! マルに『チホちゃんを見てて』ってバカみたいに抽象的に言っちゃった……! 伝えるべきは『出て行かないように止めて』だったのに、私のバカ!!」
「ば、バカだなんてそんな……」
アヤはなんとかフォローを試みるが、確かにこれは致命的なミスだと心の中で項垂れた。マルは言われたことしかできない。つまり言われなかったことはできないのだ。
「あれ、俺はてっきりチーちゃんが暴れないように見張っとけって意味かと、」
「そんなわけないでしょ!!!」
「そういう意図
足を踏みつけんとするリンから逃れ、マルの背後に隠れたケイは一呼吸おいてから口を開いた。
「でもまさかチーちゃん本当に出て行っちゃうとは思わなかった。あんま本人が気にしないように声かけなかったのが原因かな……」
「私が下手なフォローしたからかもしれない……」
各々に思う節があるように、アヤにも思うところがあった。あのとき自分も一言「私は大丈夫です、なんともありません」と伝えればよかったのだと。
でも、と思い直す。アヤはあの時見たチホの瞳にどこか見覚えがあったような気がしたのだ。ただ一心不乱に何かを排除しようとする瞳。
一連出来事の後はそのことばかりに気を取られ、気がついたらチホは部屋に戻ってしまっていた。その後はリンに部屋に戻って休むように促され、結局話すことが叶わず今に至るのだった。
「でもさ、」
としばらく続いた沈黙を破ったのはケイだ。
「言い方が正しいのかは分からないけど、これでよかったんじゃないか? チホちゃん、旅に戻りたがってたしさ。旅の目的を思い出すのも滞ってたし――」
「確かにそうとも言えるけど!」
ケイの話を遮り、リンは下を向いた。彼女の中には様々な思いが渦巻いており、叫んだもののそれを言葉にするのに時間がかかった。
「……チホちゃんが出て行ってしまうかもって思ったのは、本人が酷く落ち込んでたから。アヤちゃんに手を出してしまって、空気がギスギスしたでしょ。それが自分のせいだって……、いや、確かにチホちゃんがきっかけと言ったらその通りなんだけど……」
そこまで話し、リンは顔を横に振った。違う、そうではない。今言いたいのはそういうことではない。
「私たち四人が一緒に過ごした時間と比べればとても短い時間だったけれど、でも、楽しかったじゃん。チホちゃんといるの」
マルを除いた二人が頷いた。マルは普段と変わらず聞いているのかそうでないのかわからない顔をしているが、リンにそんなことを気にする余裕はなかった。
まとまらない思考からどうにか言葉を選びながらリンは続けた。
「なのに、最後がこれって、どうなの。もしかしたらまだここにいたいのに、自責の念でいっぱいになりながらここを後にしたってことでしょ、きっと、チホちゃんは。いつか昨日みたいに暴走するかもって予想は立ててたし、このままだと私たちに危害が及ぶかもって、あんたたちにも言ってた。それもわかったうえで行動してたはず、私たちは。でもチホちゃんは……」
おもむろにケイがリンの肩に手を置いた。振り向いた彼女にケイは優しく微笑み、口を開いた。
「泣くなよ、リン」
「……は?」
予想外の言葉にリンは思わず聞き返した。念のため頬を拭ってみるが濡れているわけがない。
「《ハーフ》が泣くわけないじゃない、いきなりなんなの?」
「いや、心ん中では泣いてるのかなって思ってさ。珍しくしゃべるのへったくそだし」
どんな思いで話したと思っているのか、とリンは苛ついてケイに拳を突き出した。しかし彼はそれをひらりとかわして話し続ける。
「ようはチーちゃんを連れ戻したいってことだろ? じゃあ探すしかないじゃん」
あっけらかんと言い放ったケイにリンは呆然とした。
「……そういう風に聞こえたの?」
「えっ、違うの?!」
自分の感情に納得できていなさそうなリンに困り果て、ケイは助けを求める目でアヤを見た。それに気づいて苦笑いをしたアヤが助け舟を出す。
「チホさんの誤解を解きたい、というのがリンさんの気持ちなんじゃないかと私は思います。リンさんが昨晩マルさんに見張りを頼んだのは、チホさんが自分を責めて出て行ってしまうかもしれないと予想してたからですよね? ならチホさんに私たちは大丈夫だって伝えて、帰ってきてもらう……それが今リンさんが、私たちがしたいことだと……」
アヤの言葉にリンはぽかんとしていたが、すぐに顔を引き締めて何かを悩むように手を口元に当てる。
「そっか、そういうこと……。ちょっと混乱してて自分でも整理ついてなかったみたい。ありがとう、理解できた。……よし」
そう言うと難しい顔をしていた形跡をすっかり消し、リンはいつもの前向きな顔を見せた。
「じゃあチホちゃんを探そう。まだ一晩しか経ってないしそんなに遠くには行ってないはず。アヤちゃん、車出してくれる? マル、チホちゃんが昨日どっちに行ったかは覚えてる?」
「はいっ、わかりました。準備してきますね」
リンの指示を受けアヤはぱたぱたと足音を響かせて出て行く。一方でマルも上の空で黙ったままではあるが、ある方角を指さした。
マルが覚えていたことにほっとしてリンは安堵のため息をついた。やはり話を聞いているようには見えないが聞いているのだな、と彼に感心しながらもある点に気づいて眉を下げた。
「冷静に考えたらチホちゃんがあの不安定な状態で出て行ったことが何よりも怖いわね。幸いゴーグルの使い方は昨日教えたけど、もし赤色を見てなにか異常を起こしていたら……」
「見つけた」
それまで一言たりとも声を発さなかったマルがぼそりと呟いた。すっくと椅子から立ち上がり、玄関へと歩いてゆく。
「え、ちょちょ、どうしたのマル?」
「見つけた。チホ」
見つけた? リンとケイは顔を見合わせた。チホを見つける、ということだろうか。
「そうだな、今から皆で探しに行く……」
「違う、見つけた。急がないと」
マルは自身の前に回り込むように立ち塞がった二人を押し退け、廊下を進み、外に出て行ってしまった。残された二人は再び顔を見合わせて尋ねあった。
「「どゆこと……?」」
玄関を抜け、砂漠に降り立ったマルは車を動かす準備をするアヤの元へ歩み寄る。
「マルさん? 皆さんの準備は――」
「僕が行く」
そう言ったマルはアヤが準備をしていない方の車――2人乗りの爆音車をじっと見つめた後、その扉を開いた。
「え? あの、でもそれは動かす準備をしていないやつで、」
「大丈夫、すぐ動く」
マルの宣言通り、車は大きな音を立ててエンジンを震わせ始めた。唖然とするアヤに、少年は遠くを見つめて告げるのだった。
「行ってくる」
「え、えぇ??」
そう言い残すとマルはアクセルを踏みしめ、砂漠の彼方へと消えて行った。
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