2-4 減った選択肢

 つまるところ、基本的に戦前に存在して、戦時中にも身近にあったものだけを記憶している、ということらしい。乗り物系統をほとんど覚えていたのは、戦争中にもそれらが使われていたからのようだ。


「すごいなぁ。チーちゃん来てから冴えまくりだね、アヤちゃん」

「ケイさんがここまで褒めてくれるなんて……なんか怖いです」

「え、なんで? ひどくない?」


 そんな会話をしている二人を気にせず、リンさんは一人でいろいろな推測をし続けていた。


「この法則で行けば、自分が《ハーフ》ってことを忘れててもおかしくはないし、戦争のことを忘れてるのも理にはかなってるのかも。だって《ハーフ》とか戦争自体、戦前に存在しないもんね。あれ、でもこの推測に則るとアヤちゃんのときとは覚えてないものが違うからきっと忘れ方も違う……?」


 私は私で、記憶がないながらもどこかで戦争中のことを覚えていたことに驚いていた。さすがにもう飲み込み始めてはいたが、ここまでことが進むと戦争も《ハーフ》のことも現実なのだと認めざる得ないし、なんとなく旅の目的を思い出すには避けて通れないことなのだろうと感じた。


 ぶつぶつと何かをつぶやいていたリンさんはその口をぴたりと止めた。ゆっくりと私の方を向き、とても言いづらそうに切り出した。


「チホちゃん……申し訳ないけど、選択肢が二つに減ったかもしれない……」

「二つに?」

 

 私の質問にリンさんは腕組みをしたまま唸り、さらに首を斜めに傾けて答える。


「選択肢が完全になくなった訳じゃないけど、チホちゃんにはあまりお勧めじゃないというか……。しばらく私たちと一緒にいれば、記憶の刺激を受けて旅の目的も戦争中のことも思い出せるかなと思ったんだけど、まあまあ複雑な忘れ方してるからさ、チホちゃん」

「複雑……?」

「いや、なんで? 俺にもよく分からないんだけど、もしかして最近冴えてるアヤちゃんには分かってる感じ?」


 何で私に振るんですかとアヤちゃんは不満そうだったが、どうやら現状をまとめてくれるようだ。


「えっと、チホさんにもドライブの時にお話ししたように、私は車の中で一人、何年もの間過ごしたせいでいろんなことを忘れたんです。《ハーフ》がどうとか、戦争がどうとか……。だからチホさんみたいに虫食いじゃなくて、きれいにさっぱり忘れてたわけです」

「うん」

「ここまでは俺もわかる」


 リンさんも続けて、と促すように頷く。


「だから私は、リンさんたちとお話ししていたらまだスルスルって思いだせたんです。それでも思い出せてないことはありますけどね。でもチホさんは私みたいな忘れ方じゃなかった。だからなんというか、私みたいに時系列で――芋づる式で思い出せないんじゃないでしょうか? 実際チホさんが初めてここに来た時に一度リンさんとケイさんが戦争のお話ししましたけど、思い出せなかったのがその証拠だと私は思ったんですけど……」


 アヤちゃんはちらりとケイさんを見たが、当の本人は腰に両手を当て眉間にしわを寄せている。それを見たアヤちゃんは自分の説明が悪かったと思ったのか、リンさんが自身の中で導き出したであろう結論を分かりやすくしかし早口で解説した。


「ええと……! 要は私みたいにしばらくすれば思い出すと仮定した選択肢二、『思い出すまでここにいる』だったけど、ただ私たちといるだけで思い出すには、一体どれぐらいの時間がかかるかわからない。ましてや旅の目的に関しては戦前に設けたものなのか、戦時中なのか、戦後なのかもわからないから余計に早く旅に戻りたいチホさんには向いていない……ってことであってますかリンさん?!」

「そんな顔ひしゃげるほど心配しなくてもちゃんと説明できてたよ!よくできました~」


 安心してゴンとテーブルに頭を打ち付けて突っ伏すアヤちゃん。なるほど、わかったような気がする。


「つまり、選択肢が無理やり思い出すか、諦めて思い出さないかの二択にほぼ絞られてしまったのが実際のところ……ってことですよね」

「チホちゃんの『できればすぐに旅に戻りたい』っていう希望をかなえるにはそれしかないなぁ……残念だけど。何日、何週間とかのレベルじゃなくて、何か月……もしかしたら年単位かかるかもしれないからね、思い出すのに」


 そうですかと言いながら、私は一体なぜ目的を思い出せないのにここまで旅の続行に執着しているのかが本当に不可解に感じた。


 しかしこの執着は、私の欲なのだ。きっとどうしようがしまいが、最終的には自分を納得させて決定を下す。しかし、それならば、リンさんたちの希望はどうなる……?


「もし私が、目的を思い出せなくてもいいから旅に戻りますと言ったら、リンさんたちはその……、戦争のことについての新しい情報は……」

「ま、手に入れられないねぇ」


 ケイさんが意地悪く答えたが、すぐにリンさんにスパンと叩かれる。


「おい! すぐ叩くな!」

「さっき私を小突いてきたお返し! チホちゃんそこは気にしなくていいよ。私たちはたまたま出会った他人だもの。私もあなたも、『やりたいから』情報集めをしているし、旅をしてる。相手のことを気にする必要なんてないんだよ」

「あれぇーリンさーん、旅に戻ろうとしてたチーちゃん真っ先に止めてた人が何言って……おいもうマジで、叩かないでくださいごめんなさい」


 リンさんとケイさんの小競り合いが始まってしまったが、私としては少し気が楽になった。アヤちゃんも「チホさんのしたいようにするのがいいと思います」と言ってくれた。


 そうだ、今までだって続けたいから、自分が望むから1日も休むことなくて旅を続けてきた。なら、今さら躊躇する必要はないじゃない。


「あの、なんだかたくさんお世話になりました。皆さんに会わなければ戦争があったことも、自分の記憶こともよく分からずにずっと旅してたなんて知ることもなかったと思います」

「お、チーちゃん心は決まった?」


 私を見守るケイさんに、みんなに頷く。


「はい……、



 やっぱり、思い出したいです、自分の旅のゴールを」

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