1-4 思い出させたい人

「そ、マルの言う通り純粋な生き物はもう生きてないんだ。だから今ここにいる俺らも例外なく純粋な生き物ではないってこと」

「生き物、まだいるかもしれないのに……」


 どこか得意げに話すケイさんにアヤちゃんが小さな声で反論しているのが聞こえた。『生き物を探して旅をしている』と言っていた手前、やはりそこは譲れないらしい。


 そして、生き物に関しては私も思い当たるところがあった。


「それなら空に飛んでる鳥はどうなるんですか?」


 何年も一人で歩いてきた私にとって空は相棒のようなものだ。その空に漂い、羽ばたき私を見下ろしていた鳥たちは生き物と呼ばれるはずだ。


「鋭いね、チーちゃん。でもその鳥ってのも金属でできた機械なんだ。だいぶ前に一回その鳥を取っ捕まえて調べたときに分かったことなんだけどね。戦争してた頃に偵察機として使われてたのかもなー」


 そう言って天井を仰いだケイさんは腰に当てていた手を頭の後ろで組んだ。つまり仮にケイさんが言ったそれが本当なら、機械の鳥は五年前に戦争が終わったにもかかわらず、今も飛び続けているということになる。もちろん機械に意思はないはずだが、それでも少し哀れに思えてくる。


 とは言え、目の前に座る四人にも純粋な生き物がこの世界に存在しないことを完全に決定づける理由や証拠は見つけられていないらしい。


「要するに、戦争のこともその他のことも、私たちもわかってない、覚えてないことが多いんだ。そもそもこの四人が集まったのもここ一、二年の話だし。戦争中のことを部分的に覚えてたりしても、どうやって終わったかとか目的とか大事なこと思い出せなかったりするんだよね、みんな」


 リンさんは納得いかないとでもいうような顔で呟き、むうと唇を突き出した。そんなリンさんからバトンを引き継いだケイさんが私をぴんと指さして言った。


「そこでチーちゃんの出番ってわけ」


 ――私? 戦争の存在をも覚えていなかった私が何の役に立てると言うのだろう。


「んんー、まあ正しく言えば、『新しく出会う《ハーフ》の子』がカギになってくるんだ。みんなが思い出せないけど、頭の中の奥の奥で残っていることを繋ぎ合わせてみようって考えてるんだー」


 そう言ってリンさんは部屋の奥のほうに歩いていき――


包丁を手に、戻ってきた。


「はっ? 刃物?」


 まさか『半分機械だから大丈夫』と謳って私の頭をその包丁で開けるつもりなのか。それとも気が狂って殺人、それとも半機械殺しを犯そうとしているのか。そんなことを一瞬でぐるぐると考えた結果、私の口からは引きつった声が出た。


「ひ、リ、リンさん?!」

「チホちゃん、そんな声出さないで?! めっちゃ包丁に見えるけど、これは記憶を読み取る装置なんだ、私が作ったんだよー、すごいでしょ!」


 あまり安心できる要素がない返答。


「なん……なんでその形状にしたんですか……そもそもどうやって使うんですかそれ……」


 ニッコリと笑うリンさん。


「ん? 頭に刺すんだよ!」


 それだと包丁の使い方……、しかも正しくない方の使い方と変わらないじゃないか……


 自分の額に包丁を当てがってにこにこと笑ってみせるリンさんから必死に目を逸らしながら、私は思わず頭を守る体制をとった。


「その反応が正解だよ、チーちゃん。俺もこいつがこれ作ってる時にその形はやめろって言ったんだけど、むぐ」

「うるさいなぁ、機能するからいいの! あのね、私たちのおでこには、どうやらカードか何かを差し込むところがあるみたいでさ、《ハーフ》にされた時か、戦争の時の名残かわかんないけど。そこにこれを上手く刺して、奥深くに残ってるはずの記憶を逆流させるって感じ! どう? どう思う?」


 ケイさんの口を押さえつけているリンさんの言葉が終わる前に、私は前髪に隠れていた自分の額を試しに触ってみた。なぜ今まで気づかなかったのか、右目からまっすぐ上、髪の生え際からやや下の位置に横に真っすぐと隙間があった。


 ケイさんの口を手で覆ったままのリンさんは、もう片方の手で握っている刃物に対しての感想が欲しいようで私をじっと見つめている。説明された仕組みはよくわからなかったので、私は率直な感想を言った。


「ええと、痛そうですね普通に……。そんなの刺したら私、死にません?」


 なぜもう少し凶器感の少ないカード型にしなかったのかとは思ったが、なんとなく言わないでおいた。

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