1-3 覚えていないこと

 ちょっと意味がよくわからない……。


「えーと……? ケイさんもしかして、そういう面でバカって言われてるんですか……?」


 途端にリンさんが笑い出す。アヤちゃんも堪えきれずに吹き出している。


「あははは!! ひーっ、チホちゃんおもしろ……」

「おいリン笑うなよ、アヤちゃんまで……。でもチーちゃん、これは本当の話なんだ」


 またまた、と思っていたのにお腹を抱えて笑っていたリンさんも、いつの間にか笑うのをやめていた。


「え、冗談ですよね?」


 誰も冗談だよ! とは言わない。


 二本の足で歩き、言葉を話し、思考を持つ生き物である私は、ごく常識的に考えても人間であるはず。ならば私は? 目の前にいる四人は一体――?


 自分のことを一人と数えたり、彼らのことを『生きている人間』と呼んだり、何気なしに人間だと認識していたからこその混乱。


 数秒間でいろいろな考えを頭に駆け巡らせたが、これといって納得できる仮説が立てられない。結局何もわからず首をかしげてしまったところで、リンさんが言った。


「見た目は完璧に人間だけどねー。ま、半分は人間だよ、半分は」

「半分、ですか」

「そ、半分は人間。で、もう半分は、機械だよ」





 彼らの話によると、私たちは半機械――《ハーフ》と呼ばれる、ロボットとも人間とも言い難い存在らしい。個体によって何かに秀でた能力が機械的に植え付けられている、というのだ。


 もちろんその存在は自然的に生まれたわけではなく……


「チホちゃんは覚えてないっぽいけど、五年くらい前に終わった、かなり大きな戦争があったんだよ」

「そ、地球丸ごとの、全世界大戦。名前は勝手に俺らがつけただけだけど。」

「戦争? そんなのありましたか……?」


 五年前のことだと言われたのに全く何も覚えてない私にとっては、まるで作り話を聞いているような気分だった。


「残念ながらあったんだ。戦争って聞いたら普通、大人が戦うものって感じでしょう? でもその戦争、科学とか医療の進歩のせいでめっちゃ長く続いちゃって、最終的にもっと人手を! 火力を! って悩み始めたの」

「戦争で人手不足なったら降参しろよって話なんだけどさ、大人はやめなかったんだよね。無意味な意地だよ。そこで思いついたのが、《ハーフ》ってこと」

「つまり、戦いを続けるために、大人になってない子どもたちに手を出し始めたんだよ。男子も女子も関係無く。チホちゃん、もうなんとなくわかった?」

「えー……」


 言っていることは一応わかるけれども……。


「それってつまり、私もその《ハーフ》として戦争にいたはずってこと……ですか?」

「そうだと思うよ。ここまで本人が何も覚えてないし思い出せないのは珍しいケースだけど……」


 つまりは、例えば人を殺したことがあるかもしれないということだろうか。自分の両手をじっと見つめてみる。しかし何も覚えてないので、いくら見つめてもただのいつも通りの手である。


「そこまでして、大人はなにを求めて戦ってたんですか?」

「残念ながら、それについてはここにいる四人のうちの誰も覚えてないのよ。ま、思い出したくなくて、無意識に思い出すのを拒否してるってのもありうるけどね」


 もしそれが本当なら《ハーフ》と言う存在は半分が機械のくせに、人間らしい部分もあるのだなと感じる。


「じゃあ、そもそもなんで私がその《ハーフ》だとわかったんですか?」


 アヤちゃんがピッと手を挙げた。


「はいっ、チホさん、私と一日中一緒にいましたよね? その間、一度として飲食をしなかったのに、空腹や喉の渇きを訴えなかったはずです。それって普通に考えておかしくないですか……?」

「……! 言われてみれば確かに……」


 今まで全く気がつかなかった。『食べる』『飲む』という行為がどういうものなのかは知っているのに、それをアヤちゃんといた時だけではなく、一度もしていない。


「……確かにこれは、私も人間として普通じゃない……」

「もっと簡単にわかる方法があるよ、なぁマル」


 ケイさんがここまで全く話していないマルさんに話を振った。ぼんやりとしていたマルさんは顔を上げてしばらく黙っていた。ケイさんが話した内容を咀嚼しているようだ。


 数秒後、マルさんは私の方を向いて口を開いた。


「うん。地球上に、生き物はもう生きてないから」

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