地球鉄道ロケリオン

ポストーク

第1話 雪どけ

…「革派の軍備強化」

「レアメタル独占騒動 [不当]か」

「強まる圧迫」

…鉄朗…

「条約無視した開発」

「束の間の平和に終止符」

…鉄朗!


…「鉄朗、こんなクソ寒いのに、新聞なんて駅舎で読めばいいだろ?」

中園が、扉をギシギシ言わせて出てきた。

「そろそろ列車が来る」

鉄朗は、その乾いた唇から、

ふっと言葉を白い息に乗せて送り出した。

「列車が来るだぁ?来てもスーツのオッさんが一瞬顔見せるだけだろうがよ…」

「これも必要な業務なんだ」

「はぁ、俺たちの仕事は雪かきだけだってのに…ぅうさぶ。」

目も合わさない鉄朗を尻目に、中園がすごすごと駅舎に戻っていった。

新聞をめくるたび、凍ったページから砕ける音がする。

白一色が延々とつづく中にぽつんとあるだけのこの駅は、微かな環境音が無性に気になるほどに、静かだ。

もっと血の気に溢れていた頃なら、

きっと気でも狂っていたに違いないが、

戦い疲れ、孤独で心まで冷え切った鉄朗には、

ここで自分が白に溶けてゆくのが天職にすら思えた。


到底駅とは言えないボロ小屋。

すぐそばには空っぽの車庫がある。

自分でも何のためのものなのかはさっぱりであった。

ところが数日前の朝に、この車庫にすっぽり何かが入っていた。

キハ。

赤い気動車だ。

2030年のこの時代では博物館にでも行かないと見られない様な骨董品が、

オンボロのおふるのはずの車両が、

ご丁寧にも最新技術の自動運転でやって来たのだ。

なるほど、図体のデカいは燃費は食うわの厄介モノを

バラバラにするのも金がかかるから

「ゴミ箱」に突っ込んでおこうってわけか…


モノに心を投影しがちな鉄朗は、

自分と似た境遇にいるキハを見つめては、

首筋に熱い血がのぼるのを感じている。


…む?

車庫に茶色い何かがカサカサ向かっている?

あれは子供じゃないのか?


「おい、どこの子だ、そっちは危ないぞ」

そう言いかけたタイミングで

ずん、、と低い音が響いた。後ろからだ。


振り返ると白い霧の中に灰色の影が見える。

より大きな音を立てながら、

より膨張し、

より濃い黒に色を変えながら迫ってくる!


巨人だ。

かつて平和を引き裂いたのっぽのロボットだ!


その目が見つめているものは…

線路の先…鉱山…

レアメタル鉱山だ…


「鉄朗、一体何が…」

中園は鉄塊を見上げ凍りついたが、

一瞬後に白い気をふっと吹いた。

「爺さん婆さんを建物に押し込んで置いてくれ!

私は車庫に行った子供を連れてすぐ戻る!」

中園はおうという応答を残して駆け出した。


忘れもしない、黒いロボット。

顔から放たれた赤い光が霧で揺らぐ。

これ以上アイツに人殺しを許すものか!


私は黒い影を背にして走った。

鉄朗に吹き付ける雪の粉が溶けて、顎を伝って滴りおちた。

あの子はどこに隠れた?

車庫の中?ハシゴの上?裏か?

まさかあの列車の…

いた…。

「おぉい!好きなら後でいくらでも見せてやるから

出てきてくれぃ」

丸い顔がこっちに向いた。

見た目の年や表情を見るにカケラも伝わってないようだ。

戸を開けて中に入る。

脇に手を差し込んで、持ち上げようとするも、

ぐぉ、重い…この子は立派に育ちそうだな…


ガコッ!

…うぉおおん


嘘だろ…

鉄朗の痩せた脚は衝撃に耐えられず、

ガラス窓に自慢の鼻をぶつけた。

窓の外にある世界が動いている。

いや逆だ、動いているのはこっちだ、列車が動き出している!?

マスコンを倒しただけで駆ける車両だと!?

そんな滅相も無いモンがあるものか!


否定しても勢いは死なない。

これは夢では無いのか。

左手の窓がボロ小屋の駅舎を振り切る。

あり得ない、あり得ない加速だ。

速度計の針は既に正午を過ぎていたのだ!


正面に目をやると黒い足が窓の上から降りている。

最悪だ。激突は絶対に避けなければ!

鉄朗は黒光りするバーに思い切りビンタをかました。


ゴシャアァッ!


黒い足を収めていた窓枠は、

巨人の突っ張った胸板を映し出す。

鉄朗は下・後ろにベクトルする力に引かれて

椅子に叩きつけられた。

畳みかけるように生熱い背中が鉄朗の肋骨に衝突する!

「ごぼぉっ!」「おぅッ!」

災難は終わらない。

巨大な胸板が画面一杯に広がっている。

何かがひしゃげる音とともに視界が真っ暗になった。

目の前だけではなく、右も左も。

今度は前に向かってシェイクされる。

鉄朗は熱く柔らかなボールを抱えて飛び出した

ガンッ!

マスコンに叩きつけられた鉄朗は、

骨に痛みが充満するのを感じた。

まだ生きてる…


とにかく起き上がろうと冷たい板に手をつく。

それが何らかのスイッチだったのか、心地よい音と共に手から彩度の高い緑の光が広がった。


Local i⋈ one

状態 A

負担比率 1:1.2

対重量 17t/45t

摩耗 2


文字が出たかと思ったら、

暗かった密室が白い光に包まれた。

眩しさを堪えながら目を開けると、

正面には黒いロボットの顔、

赤く光る目が3つついた平べったい顔があった。

手元のモニターに四角い肩のロボットの絵が映っている。


座席の下から折り畳まれていた見覚えのあるレバーが

腕の横にやってきた。


鉄朗は自分の置かれている状況を理解した。


今私は、ロボットの中に座っている。

そして目の前でのさばる黒いロボットを倒さなければならない。

このレバーで。

またしても、

またしても私は人殺しをしなければならないのだ。

だが、今日はあの日とは違う、

鉄朗は、自分の足にへばりつく茶髪の子供に目をやった。

茶色く丸い瞳孔の底から発せられた熱い光が

鉄朗の黒い瞳に注がれる。

今日は、負けて死ぬのは私だけでは無いのだ。


息を大きく吸い、


鉄朗は右手のレバーを前に倒す。

軋む音が響き、

振り下ろされた鋼の拳が三つ目の頭を粉々に砕いて雪に埋めた。


左のモニターから光が溢れる。

ちびっ子は袖から出した小さな手で、

鉄朗のコートにしがみ付いた。

風が逆に吹く。

まだいる。


鉄朗が両手のバーを引くと視点が一気に高くなった。

黒いのがいる。

白い霧の中に赤い光と黒い煙がなびく。

両手に構えた銃から放たれた光がその姿を消した!

弾が飛んでくる!

鉄朗ががむしゃらにバーをハジくと、

左手がスナップをきかせながら直撃した。

左手がねじれながら肩を持っていこうとして

つられた全身が傾く。


耐えた。

鉄朗はこの数分で死にそうな思いを何回も経験して

感覚が麻痺してきている。

「こっちには銃は無いのか!?」


鉄朗がトリッガーを押し込むと、

右手が左足から棒付きの板を取り出した。

板が細切れに変形して細長い剣に。


どうやら鉄朗が求めていたモノとは違うようだ。

…が、このまま立ち尽くすわけにもいかなかった。

あの弾を真ん中に喰らえば2人もろとも雪の下敷きだ。

倒すんだ…この刀であのマシンを排除するんだ!


心臓が力強くうなり、煮えたぎる血潮を押し出す。

赤い血は全身に回り、皮膚から汗と激情が吹き出していく。

鉄朗は若さを取り戻しつつあった。


黒いヤツは左右に揺れてこちらに照準を合わせようとしている。

「下手っぴめ!」

私がペダルをおもっいきり押し込み、

ロケリオンが足から炎を吹き出して頭を前に急発進する!

「ぁあ"あぁあ"!」

左腕で小さな身体を抱きながら

右手に握り込んだバーを外側からぐるりと回し、

力一杯前方に叩き込んだ。


ロケリオンは、鉄朗のマシンは背と脚から光の筋をまっすぐ放ち、三つ目に牙突する!

巨大が激突し、広大な雪原に響き渡る音。


金に輝く刀は黒い巨人の脇腹を引き裂いていた。

そして三つ目は強烈なタックルの衝撃でバランスを崩して、腹から煙を吹き出しながら、その腕を大空へ振り広げ、白い地面に肥大化した背中を叩きつけた。

その瞬間、黒かったそれは、激しい光と吹雪に巻かれて粉々になった。


シャツにじわっと汗が滲む。

あんなに自分や、仲間を傷つけ、苦しめた

闘いの火蓋を、

今度こそ間違いなく自分が切ったのだ。

…それなのに今、また自分が必要にされているとか、

子供が守れたなんていう

充足感を感じていく自分が余計に怖かった。


左腕から力を抜く。

頭を飛び出した少女は、

私のせいで少し息が止まっていたのか、

小動物の様な激しい動悸になっているのが

触れているだけでわかった。


汗を拭おうと帽子に手をかけた時、

「ぅぁあああ!」

少女が叫び全身を使ってバーを倒した。

モニター越しの視界が振り回される。

その先にいたのは…

両手を組んで振り上げた…

私は小さな両手の上に自分の右手を重ねる!

黒い…

手袋越しにも伝わる熱い体温を感じながら

思い切り手前に引く!

ヤツ!

ロケリオンの肘がジョイントを丸出しにして

敵のコクピットハッチを割った。


キンという音だけが残響して

ロボットは仰向けにひっくり返った。


「あぁ…」

鉄朗はシートに全身を預け、

まだ始まってすらいない

戦いのことを考えて感傷に浸っていた。


「お!お!」

ちびっ子の眼差しの先には、

少し太ったスーツ男、中園がいた。


鉄朗と少女は掌に恐る恐る乗って

地上にゆっくり近づいていった。


中園は、笑顔とも、哀しみとも、

なんとも言えない表情で

こちらをじっと見上げていた。


鉄朗が振り返ると、そこには、

鉄朗そっくりの、金のつばのついた帽子をかぶった、

二枚目の巨人が彼方を眺めていた。


黄色く透き通るメカアイには丸い夕日が写っている。

吹雪は去り、落陽へとつづく線路がくっきり見えた。

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