死者とダンス
字書きHEAVEN
Op
シャベルを地面へと突き立てると、噎せかえるような墓土の匂いが鼻へと届いた。
空気に練り込まれた物静かな死の気配を感じ、皮膚が粟立つ。
共同墓地の中でも一等良い区画に、領主の娘の墓は造られた。
つい半日ほど前に盛られたばかりの土はまだ柔らかく、ここ数日雨が降らなかったためか乾燥している。
足掛けに体重を載せればさほどの抵抗もなく刃先は地面へと沈み込み、これならば掘り起こすのにさほど時間がかからずに済みそうだと眉を下げる。
繰り返し土を掬い上げているうちに、喉元を汗が伝う。
それを腕で拭い取ると、それなりに値の張った喪服の裾が砂に塗れているのが見え、短く息を吐いた。
今がまだ秋口で幸いだった。
ここ一週間ほどはうだるような夏の暑さも身を潜め、夜には井戸からくみ上げたばかりの水のように涼やかな空気が街を支配していた。
これがもし真夏であったらと、考えるだけでも血の気が引く。
墓地に響くのは、ザ、ザと繰り返し土を掘り起こす音と、己の喉から洩れる呼吸音のみ。
重く垂れ込むような雲の合間に時折思い出したように瞬く星と、整然と並んだ墓碑のみが、何を話すでもなくただじっとこちらを見下ろしていた。
シャベルの刃先が鈍い音を立てて何かに当たり、その衝撃が腕へと伝わる。
それまでの勢いに任せた掘り方をやめ、なるべくそれを傷つけることの無いように、慎重にその周囲の土を掻き出していく。
砂の中から姿を現したそれは、木製の棺だった。
この中に、彼女が。静寂の中に、己の鼓動がうるさいほどに響く。
掌で表面の砂を払いのけ、しばらくその姿を眺める。
何度かその淵を爪先で引っ掻いては、やっと蓋の溝へと指をかけることに成功した。
この行いには利益もなければ、道理もない。
それでも、何も見ず、そのままこの棺を再び冷たいこの土の下へと置き去りにすることは、僕にはどうしてもできなかった。
ゆっくりと繰り返し息を吸って、吐いてを繰り返したのちに、意を決し蓋を開く。
棺の中を見た瞬間、あぁ、と喉奥から声が漏れ出た。
そのまま夜の闇の底よりも深い穴の中へと落下していくような心地がして、目頭に手を当てる。
全身から力が抜け、ざらりと冷たい感触に、自らが地べたへと膝をついていることを他人事のように認識する。
棺の中に、領主の娘の姿はなかった。
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