第47話 氷都市水着祭りサーカス!?

 ユッフィーが市民総会で紆余曲折の末、封印の扉を開くべくアウロラの神格を成長させるための「水着祭り」開催の提案を通して以降。フリングホルニでいろいろ起きている間にも、祭りの準備は進んでいた。


 そして、もう一つ。密かに進行していたことの成果が今日、明るみに出た。


「ヒメもついに、冒険者っすね!」


 ヒャズニング練武場。夏のレリーフの扉を守る巨像との戦いを再現した幻影の戦場で、オリヒメは数名の新人と共に見事勝利を収めていた。紋章術やルーン魔法を駆使した、氷都市版のVRとも言うべき仮想空間が現実に戻ると。ゾーラは待ちきれずに中へ駆け込んで、オリヒメを抱き上げた。


「ありがとう、ゾーラ」


 戦いの後の疲労感もあるが、強い絆で結ばれたパートナーからの祝福が嬉しくて。オリヒメは人目も気にせず、ゾーラの唇にキスを贈った。オタクめいた表現で言えば二人は「百合夫婦」だ。レズビアン用語で言うとオリヒメがフェムで、ゾーラがボイといったところか。

 ゾーラの方からもキスを返して、数秒ぎゅっとハグを交わしたところで。オリヒメを床に降ろすと。


「でもあなた達は、もっと強い変異形態と戦ったのよね」

「あのときは邪眼も反射するミラーボディで、ホント参ったっすよ」


 ゾーラが、実物の巨像と対峙したときのことを振り返る。道化の術によって、巨狼の姿に変えられた女神像。その形態との戦いも練武場で再現されているが、相性の関係もあって彼女は一度も倒せていない。ユッフィーが危険を覚悟のオーロラブーストで「黄金化」を発動させなかったら、どうなっていたか。


「ゾーラを助けてくれた地球のみんなへの恩返しも兼ねて、水着のデザインと縫製には腕によりをかけてるの。あとは会場の設営ね」

「そっちなら、オレっちの役目っす。まかせとくっすよ!」


 ゾーラが腕に、力こぶをつくる。石工の仕事で鍛えられた身体は、今まさに活躍のときを迎えていた。


◇◆◇


「懐かしいですね! サーカスのテント」


 レッスンの合間に、気分転換だろうか。氷都の舞姫こと、元旅芸人のミキが設営中の大テントを見上げてノスタルジーに浸っている。その様子を見て、彼女に地球式のフィギュアスケートを教えている元オリンピック選手のミハイルが興味深そうに横顔を眺めていた。


「ミキちゃんは、昔サーカス芸人をやっていたんだったね」

「はい。空中ブランコの花形でした」


 はじまりの地を旅していた頃のミキは、旅芸人の一団に属していた。その身体能力の高さは、我流の格闘フィギュアスケートを編み出す素地となったに違いない。


 設営作業に当たっている人員には、ゾーラの姿もあった。向こうもミキ達が来ていることは分かっていたが、作業は安全第一。あいさつは軽く手を挙げる程度に留め、広げたテントの周囲に支柱を立てる作業の方へと注意を向けてゆく。


 場所は、ドーム都市である氷都市の中心に近い広場。常冬の氷都市では、失われた季節を取り戻すための魔術儀式として、定期的に様々なイベントが開催されている。それらは少しずつだが、アウロラの女神としての力を成長させる糧となるのだ。


 テントの収容人数は、およそ500人ほど。地球で見かけるサーカス用のテントは大きいもので2000人ほど収容可能だから、それと比べれば小さい方だろう。だいたい氷都市の「表向きの総人口」が2000人ちょっとだから、そこまで大きなものは必要ない。


「これをサーカス以外に使うって、エルル先輩から聞いたときには驚きましたよ」

「そうだねぇ、エルルちゃんらしいっていうか」


 しばし、クレーンの代わりに滑車なども駆使したテントの設営作業を見学した後。ミキはコーチのミハイルと共に、リンクのあるアウロラ神殿へと戻っていった。


◇◆◇


「ほう、おぬしがユッフィーの友人か」


 フリングホルニで、遺跡の仕掛けやゲリラ戦用の隠れ家などを駆使して庭師ガーデナー勢力を相手に遅滞戦を繰り広げているオグマが珍しく。次の夢渡りまでの合間に星霊石の採掘場で、ユッフィーやノコと一緒につるはしを振るっている。ある理由で星霊石に大量増産の必要が生じているためだが、オグマの目的は明らかに別だろう。


「ユッフィーちゃんのお師匠様って聞いたから、どんなお爺ちゃんかと思ったけど」


 ノコがオグマに向ける視線は、同年代か年下の男の子に向けるそれだ。


「ノコちゃん、オグマ様にはお気をつけ下さいませ」


 さきほどから、オグマの視線がノコの豊かな膨らみに向いているのを察知したユッフィーが注意をうながすと。さすがにノコも苦笑いを浮かべた。


「ホント、男の子って大きいおっぱいが好きだよね」


 以前オグマの目の前で、ユッフィーとしての変身を解除したイーノの例もあるから。本当はノコだって、中の人の性別がどうなのか分からないとオグマも承知しているけれど。それでもなお、目の前で揺れる果実の魅力には抗えない彼だった。


「オグマ様には、わたくしが氷都市へ来て以来。感謝してもしきれないほどお世話になっておりますの。水着祭りで、どうぞ戦い続ける鋭気を養ってくださいませ」

「うむ。楽しみにしておるぞ」


 古のドヴェルグと、今時のロリドワーフ。すっかり師弟が板についた奇妙な二人のやりとりに、新たなドワーフ娘のノコもユーモアを覚えて明るく笑った。


「水着祭りでは、ビキニもやっと解禁されるからね。ドワっ娘の女子力、見せてあげるよ!」


◇◆◇


 いよいよ、水着祭り当日。大テントの近くに設けられた更衣室で、ミカとモモが特注の水着に着替えている。ユッフィーやノコは、すでに会場らしい。


「お祭りだけじゃなく、地底への探索行も水着なのね」

「ぼくも少し驚いたの。でもこっちの世界じゃオーロラヴェールがあるし、防具とか関係ないの」


 ミカは、純白の花嫁衣装をイメージしたパレオ付きのビキニ姿だ。濡れても平気な素材、アラクネの糸でヴェールや長手袋も作られている。文字通り、オリヒメたちアラクネ族が体内で生成する希少な魔力を帯びた糸だ。大いなる冬の影響で養蚕のできない氷都市では、他の水着も全てこの糸で織られている。


「ミカはいったい、誰に嫁ぐのかしらね?」

「ふふっ、秘密よ」


 まるで美の女神のような、二人の競演。ミカは清楚で、モモは妖艶。


「モモこそ、その格好でよくOKが出たわね」


 ミカがモモを見る。一見すると目のやり場に困る、全裸に長い布をらせん状に巻いたような、羽衣風の出で立ち。


「これね、短いチューブトップとショートスパッツ込みなの」


 モモがミカに、胸元や裾をちらりとめくってみせる。


「どこで誰が見てるか、分からないわ。更衣室でも気をつけるのよ」

「女神様だったら、別に見られてもいいじゃない」


 ユッフィーから聞いたオグマの評判を気にしたのか。ミカが周囲を警戒していると、モモは何とものんきな様子でストレッチを始める。

 更衣室からは、会場まで仕切りに囲まれた廊下が続いていた。気のせいか、少し暑くなったような感じをおぼえる。


「テントの中からかしら、この熱気」

「行ってみれば分かるの」


 ミカとモモが、締め切られたテントの幕を潜って中へ入ると。そこは、階段状の足場にタオルが敷き詰められた巨大サウナになっていた。


「あ、ミカちゃんにモモちゃん! こっちですよぉ♪」


 エルルが手を振る。ささやかな胸元をひらひらしたフリルでカバーした、水色のビキニだ。隣にはユッフィーとノコの姿も見える。さらに、黒いサーフパンツ姿のオグマも。


「なるほど、厳戒体勢ね」


 モモが、エルルに手を振るそばで。ミカはユッフィーがオグマに寄り添いつつも、ノコと両サイドを固めているのに気付く。一見して、両手に花だが。


 数百人もの水着の市民を収容する、まるでスタジアムのような巨大サウナ。広いからサウナストーブも一定間隔で多数配置されている。そこにくべられているのは、もちろん大量の星霊石。


 鍛冶場のような熱気と、視界もおぼろげな蒸気の中。二人のドワーフ娘は、スケべ人間なオグマが他の女子にちょっかいを出せないようにしっかり脇を固めているのだった。

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