勇者になりきれ! Ice age warriors
イーノ@ユッフィー中の人
プロローグ 現代日本のスクルージ
閑話0 私は新人賞やコンテストが嫌いだ
2019年12月、クリスマスも過ぎた年の瀬。
一人のおっさんが、自室のパソコンの画面とにらめっこしている。室温は15度。
エアコンの掃除をするのが面倒なのと、電気代の節約を兼ねてライムグリーンの着ぐるみみたいな毛布を着込んでいる。これなら暖房無しでも暖かい。
画面をにらむおっさんの表情は、まるでイギリスの文豪チャールズ・ディケンズの名作「クリスマス・キャロル」に登場するケチな金貸しの老人、スクルージのように険しい。
第5回…………Web小説コンテスト。
おっさんの眺めるパソコンの画面からは、そんな文字が読み取れた。数年前から彼が小説を投稿している、ある大手出版社が運営するSNSのイベントだ。
おっさんは、その手の新人賞やコンテストの類が嫌いだった。ラットレースを生む元凶じゃないか。
大体だ。人間の価値というものは、当人がコンテストで賞を取ったとか、どれだけ金を稼いだか(あるいは、金になりそうか)で決まるものではない。しかし現代の日本では、生産性が無い、金にならないと見なされた者は人格すら否定される傾向にある。やれ、働かざる者食うべからずと。
当たり前の話だが、無職にだって人権はある。金は無いが、誰もが認めるお人好しの柴又のおっちゃんだっているじゃないか。
働かないことを犯罪のようにとらえる考えが蔓延すると、19人もの知的障害者が殺された戦後最悪の殺人事件を生んだ背景につながってくる。引きこもりの人だってますます行き場を失う。さらに嫌なことに、その最悪の記録は2019年に更新されてしまったが。
自分の小説をパクられた? 真相は闇の中だが。おっさんも小説書きの一人として、36名もの人が犠牲となったあの事件には犯人だけを責める気になれないでいた。
今、自分の手がキーボードを操作して、参加に必要な項目を入力しているコンテストだって。現代日本の閉塞感を作り上げた、片棒担ぎの一端に過ぎない。金になるかならないかで、人間の価値を決めつけようとする。
自分の主義主張を曲げたつもりは無い。これは、少ないながらも自分を応援してくれる人への恩返しのため。読者へのサービスみたいなものだ。こうすれば少なくとも話の種にはなる。
もう前の仕事をやめて、かなり経つが。無職の私が、年金暮らしをしている両親に「入賞すれば、書籍化もあり得るコンテストに応募してみた」とささやかな親孝行を試みることもできる。単なる自己満足も多分に含むが。
勝ち目は、万に一つも無いだろう。今書いているこの小説より評価の高い、PVの多い作品など、いくらでもある。何かの賞を取るつもりなどない。
私は、誰かの承認など必要としていない。最近知った話だが、新人賞なんてものは「お上のお墨付き」をありがたがる国民性の、日本特有のものだというじゃないか。世界に目を向ければ、初版がたったの500部でありながら後に世界的なヒット作となり、映画化はおろか、とあるテーマパークの目玉アトラクションにまでなったイギリス発のファンタジー小説だってある。だから、お墨付きの有無は絶対じゃない。
私の小説は、その逆を目指している。無名の新人が、イギリスでいきなりヒットを飛ばしてやろうじゃないか。それで、海外で箔を付けて日本上陸を狙う。日本人は、海外の人気作品に弱い。
日本で新人賞やコンテストに応募して、参加者が多すぎる過当競争の中で。私よりはるかに強力なライバルと無策で正面から戦うより、その方が賢明じゃないか。今の私は、恐れを知らぬ無知だからそう言えるのだろうけど。
今、このWeb小説コンテストに参加して、審査結果が出た時。全く何の手応えも感じなかったならば、この出版社さんとは完全に縁が無かった。そう言い切れるのではないか。それなら、あわよくばという半端な未練を切り捨てて別の出版社なり、作家エージェントなりを探すことができる。
結果がどう出ようと、ここで行動した事は今後にプラスになるだろう。いや、そうなるようにしなければならない。
ADHDの私は、この閉塞した日本社会で普通に生きていくのが難しいはみ出し者だ。物流センターの移転で職を失って以来、プログラミングの勉強もしたが新しい職にはつけていない。そういう意味では、真っ当な仕事で生計を立てられない剣と魔法のファンタジー世界における冒険者の立ち位置と変わらない。
冒険者ならば、危険な罠や強力なモンスターとの交戦を避けてお宝をゲットしようと考えるのが当然だ。私にとって新人賞やコンテストとは、ドラゴンにも等しい難敵でしかない。私もプロ作家を志しているから、自費出版など眼中に無いが。
私の両親も、すでに70歳を超えている。もし無職のまま両親が他界すれば、私の貯金が底を突けば、あとは孤独死へまっしぐらだ。8050問題そのものだ。たぶん生活保護はあてにならない気がする。無職を罪と考える社会なのだから。
その未来を想うと、私の脳裏に「クリスマス・キャロル」の一場面が思い浮かぶ。主人公のスクルージ老人は、クリスマスイブの夜に見た不思議な夢で。死神のような「未来の幽霊」に連れられて来た荒れ果てた墓地で、打ち捨てられた墓碑に刻まれた自分の名を見たではないか。まさにあの気分だ。
さて、私がこのまま野垂れ死にするのか。あるいは、改心したスクルージ老人のように「クリスマスの博愛精神」を持った真人間へと変われるのか。宝くじ以下の確率かもしれないが、ひとつ試してみようじゃないか。
人生はまだ、変えられるのかを。
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