第15話 遠い雪解けと新風の予感
2018年5月。
日本では「平成最後の○○」がしきりに騒がれていた頃、イーノの氷都市観光パスの期限は残り30日を切っていた。
氷都市に逃れてきた英雄でも、難民でもない「ごろつき同然」のイーノを快く思わない神殿長エンブラは、巫女たちに命じて彼の動向を探らせていたが。その行方は、ようとして知れなかった。
あの男は、一体何を考えているのか。このまま氷都市を去るのか。
その疑問に答えが出るまで、残り時間はそう長くなかった。
「これから、遺跡探索に向かう選抜メンバーを発表する。基礎訓練の結果を元に、俺とアリサで決めさせてもらった」
練武場に集まった予備役冒険者たちを前に、クワンダがブリーフィングを始める。
現在の氷都市で、冒険者に関わる人事で最終決定権を持つのはレオニダスから後を託されたクワンダだ。
彼に対して特に発言力があるのは、厚い信頼関係のあるトヨアシハラの武者姫アリサ。次にクワンダの姪で、同じく蒼の民のミキ。三番目に、ついに本気を出したアスガルティアの賢者オグマといったところか。
この場には、普段と違う顔触れもあった。
まず、神殿長のエンブラ。その隣には、キャリアウーマン風の女性がいた。どことなく自信に満ちていて、セレブのオーラを漂わせる才色兼備で大人の女性だ。
「エルル様。あの方はどなたですの?」
「あれはぁ、リリアナ様ですぅ。前にお話しした冒険商人オティス様のお孫さんにあたる方でぇ、長く氷都市の市長代理を務めておられますぅ」
外見の年齢は、三十代あたりか。しかしオティスが200歳を超えても初老の姿で現役バリバリなところを見るに、実年齢はもっと高いだろう。大いなる冬の影響で歳を取らない、氷都市民全般に言えることだが。
初めて見る、実質的な市長の姿。それだけこの場は重要性が高いのだろうと、気が引き締まる思いのイーノだった。
「先日の大量遭難事件『勇者の落日』の最中。夢渡りで現場に居合わせた者がいた。その協力者、地球人イーノからの証言では…」
イーノもまた、ユッフィーの姿でクワンダの話を真剣に聞いている。
「32名の遭難者たちは、遺跡の奥にある巨大なレリーフの扉の向こうへ連れ去られたという」
誰も、犠牲者とは言わなかった。
氷像の魔物、アニメイテッドと化した冒険者たちは。遺跡の呪いで
なぜここまで、故郷の奪還にこだわるのか。このバルハリアを捨てて、他の世界へ移住しないのか。その理由は「救出の可能性」にあった。
ここにいる限り歳はとらないのだから、奪還への準備をいつまでも続けられる。
それは、本人が否定してるのに女神と崇められるアウロラや、呪いを解いて仲間を助け出せる可能性。それ無しでは生きられない糧であると同時に、何百年も人々の心を縛り付けてきた鎖。悲しすぎる未確定。
永久凍結世界バルハリアは、自身の心象風景そのもの。イーノの胸中には、そんな確信まで生まれていた。
「今回の探索の目的は、その情報の真偽を確かめること。可能ならば扉の先へ進み、向こう側の様子を探ることだ」
クワンダがそこまで話すと。その隣に8名の顔が投影される。アウロラの操作によるフリズスキャルヴの映像だ。
「俺とアリサ、ミキにリーフ、エルルとゾーラ、オグマと弟子のユッフィー」
そこで、クワンダの目がボルクスと合う。めっちゃ自己主張してくるつぶらな瞳に、クワンダは苦笑いを浮かべて付け加えた。
「もちろん、ユッフィーの星獣ボルクスも一緒だ」
このメンバーで強化訓練を行い、目標への到達を目指す。予備役の者たちも各自の本業でサポートしてやってほしい。
クワンダの発表に、異議を唱える者は無かった。どちらかというと、選ばれなくてホッとしている者が多いか。
ただでさえ先日のスパルタ訓練で、今後はさらに厳しい対アニメイテッド戦の訓練が待っているのだから。
◇◆◇
発表が終わり、一同が解散した後。
「市民軍に志願の上、選抜メンバーに選ばれるとは。頑張りましたね、ユーフォリア王女」
場に同席していた神殿長エンブラが、声をかけてきた。
「神殿長様、お久しぶりですの」
ユッフィーも、カーテシーで一礼する。
「アスガルティアの賢者、オグマ殿を再起させた件についても。エルルから聞き及んでいます。あなたの働きは、十分に市民の資格有りと言えるでしょう」
「お褒め頂き、恐縮ですの」
難物だと思われた神殿長エンブラから、ここまで声をかけてもらえるようになった。でも、イーノとしての正体と志を明かすにはまだ早い。
氷都市で、地球人がもっと自由に動ける地盤を固めるため。エルルとの結婚を許してもらうため。正念場はここからだと、イーノは自分に言い聞かせた。
「ユッフィーさぁん、後でわたしぃと市役所に行きましょお。今ならぁ、市民登録の申請も通ると思いますよぉ」
「はいですぅ!」
ウキウキしているエルルに、ユッフィーも明るい笑顔で応じた。
「新たな勇者の出現…というところかな」
そこへ、クールな女性の声が発せられた。
振り返ると、市長代理のリリアナがユッフィーにまっすぐな視線を向けている。
射抜くような眼差しだった。まるで、同志と巡り合った革命家のような。
「リリアナ様、お初にお目にかかりますの。ヨルムンドのユッフィーですわ」
作法にのっとり、丁重にあいさつするユッフィー。
リリアナの方は、あまり礼儀にこだわらない人柄らしく。ユッフィーのそばまで気さくに歩み寄ると、片膝をついて手のひらに軽く口付けた。
まるで、どこかの劇団スターのような所作に。ユッフィーの方がハッとなってしまう。リリアナなら、男装の麗人もきっと似合うだろう。
「オティス商会のCEOで、氷都市長代理のリリアナ・ダルクラッドだ。よろしく頼むよ」
市長の代理というだけでなく、氷都市の経済を実質的に支配するオティス商会のVIP。さすがのイーノも、やや緊張をおぼえる。
「そんなに畏まらなくても大丈夫さ。私は氷都市に新風を巻き起こす、新たな勇者が現れることを強く願っている。ユッフィー姫と、その仲間たちの健闘を祈るよ」
それだけを告げると、リリアナは風のように視界から消えていた。
遠巻きに見ていたミハイルは、ユッフィーとリリアナの接触に変化の兆しを感じ取っていた。
(…何か考えてるようだったね、麗しの市長代理さん。これから何が起こるやら)
一度クワンダにアピールした以外では、珍しく借りて来た猫のようにしているボルクスも。じいっと主人のユッフィーを見つめるのであった。
「一緒に行けなくてごめんね、ゾーラ」
「大丈夫っすよ、ヒメ。あの『運命の三人』が一緒で、リーフ青年もなんか切り札を用意してるみたいっすから」
一方、ゾーラは誰か黒髪の女性と話していた。ずいぶん親しげだ。
先日の訓練には顔を見せなかった、どこかミステリアスな印象のあるモノトーンのゴスロリファッションに。目が隠れるほどの前髪ぱっつんで姫カット。見た目の歳は二十代前半と言ったところか。
ユッフィーが二人のやりとりを、少し離れて見守っていると。
「ユフィっち、紹介するっす。オレっちの可愛いお嫁さん、オリヒメっすよ」
「アラクネ族のオリヒメよ。よろしくね」
ユッフィーも軽く会釈する。
「子供ドワーフ族のユッフィーですわ。よろしくですの」
見たところ二人は、とても仲が良さそうで。友人か親友…いや、それ以上の苦楽を共にした夫婦のような雰囲気があった。
「オリヒメ様は、ゾーラ様のパートナーですの?」
「そうよ。氷都市は同性婚もできる街なの」
アウロラから聞いてはいたが、氷都市は結婚に関してはやたらフリーダムだ。
ゾーラが男勝りのひょうきん者で、オリヒメはミステリアスな不思議ちゃん。二人は好対照と言えた。
「お二人とも、お似合いですわ」
「でしょでしょ?」
得意げなゾーラに、エルルも頰を緩めて微笑んだ。
「ところで、ユッフィー」
「何ですの?オリヒメ様」
ふと、オリヒメがユッフィーを見る。その視線は服に注がれていた。
小柄なドワーフ姫の衣装は、採掘場のバイトで着てた飾り気の無い作業着と。地味なキュロットスカートのままだ。
「あなた、氷都市の冒険者としてローゼンブルク遺跡に挑むなら…もう少しおしゃれしなきゃダメよ?」
冒険に行くのに、おしゃれ。
地球の古典的ファンタジー作品やテーブルトークRPGなら、まず間違いなく奇異な発言だが。
日本の国民的ゲームソフトのRPGと、ここ氷都市ではそれが常識となっていた。
「いいですねぇ!アラクネ族はぁ、蜘蛛の糸を使った織物の
「え、エルル様!?」
こうなると、もう止められない。
エルルにお姫様抱っこされながら、オリヒメの店へ運ばれるユッフィーであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます