第14話 いきなりテルモピュライ
いきなりスパルタだった。二重の意味で、文字通りの。
紀元前480年。ペルシャ帝国の侵攻に際し、アポロン神の怒りを鎮める神事カルネイア祭の最中で、軍事行動を禁じられていたスパルタ軍は。
レオニダス王以下、300の精鋭のみで数の有利を活かせぬ
10万とも、20万とも伝わるペルシャの軍勢を迎え撃った。
映画としても有名な、あのテルモピュライの戦い。
それを再現した幻影の戦場に、いきなりユッフィーたちは放り込まれたのだ。
スパルタをネタにした、スパルタ教育。
「予備役だろうと、志願兵だろうと関係無い。わしに弟子入りした以上は、きっちり鍛え上げるぞ…ユッフィーよ」
「敵がアニメイテッドじゃない分だけ、まだ初心者向けだ」
オグマもクワンダも、手加減をしない。
なおこちらは、30名にも満たない人数だ。ろくに連携もできてないから
「いきなり一騎当千の活躍をせよとは言わん。まずは、いくさ場の空気に慣れよ!」
武者姫アリサが、納刀したままの妖刀を鞘ごと振るう。妖気の炎が軌跡を残し、幻影の兵士たちを焼き払って霧散させた。
「がむしゃらでも良い!味方に当てぬ注意だけして武器を振るえば誰かに当たる!」
あぜんとしていた市民たちも、武器を手におっかなびっくり戦い始める。
技巧は二の次でもいい。まずはメンタル面から慣れさせようという考えなのか。
「無茶苦茶っすよ!」
敵兵の曲刀を戦鎚の柄で受け止めながら、ゾーラが声をあげる。石工仕事で鍛えた筋力は確かなようで、つばぜり合いにも負けてはいない。
そこへ、ユッフィーが身の丈に合った短い槍を突き出して。ゾーラに動きを押さえられた敵兵を消滅させる。
「二人で戦いましょう、ゾーラ様!」
「背中は預けるっすよ、ユフィっち!」
頭の中が沸騰しそうになってる。肌で感じる戦の気配に、ユッフィーの中でイーノも正直いっぱいいっぱいだ。
ふと、二人の隣で熱風が吹き抜けた。夢竜のボルクスが炎を吐いたのだ。たまらず数人の敵兵が崩れ落ちて霧散する。
「頼もしいっすね、こういう時は!」
「いい子いい子してあげますの」
ユッフィーが駆け寄って、ボルクスの頭を撫でるも。
後で「対価」を寄越せと。主人に似て欲深な夢竜は思念を向けてきた。
「分かりましたの、ボクちゃん。お風呂でも何でも、後で付き合ってあげますわ」
「ずるい!わしもじゃっ」
オグマがユッフィーの言葉を聞きつける。
「あはは…変わってないっすね」
安定のエロじじい発言に、むしろ安心するゾーラであった。
アリサやボルクスの攻撃に、たじろいだ敵兵が一時後退する。すると今度は、弓を携えた兵士たちが一斉に矢を引きしぼる。明らかにやばかった。
史実においても、スパルタ兵の勇猛さに恐れをなしたペルシャ軍は。遠距離からの射撃に徹したと言われている。
「
その時。エルルが空を見上げて、両手をYの字に掲げた。
とあるヒット曲の振り付けに似てなくもないが、人文字でルーン文字「アルジズ」の形を作ったのだ。
防御系らしきルーン魔法を発動させたエルルの身体が、文字の形に輝いた。
続いて、無数の矢が雨のように飛来するも。それらは見えない障壁に弾かれたように阻まれてゆく。
「エルル様!すごいですの」
ユッフィーが術の威力に驚いていると。
「エルルは、氷都市で二番目にルーン魔法に秀でた
オグマが、さも当然といった風で告げてくる。
「でもぉ、このままだと長く持たないですぅ」
敵の弓兵が再び、天に向けて弓に矢をつがえる。
やはり、戦場で最も脅威となるのは飛び道具だ。剣や刀ではない。
「みなさん、後退してください!防壁を出しました」
後方から、リーフの声が聞こえてくる。
姉ベルフラウを、自らの手で救い出す力を求めて。彼も演習に参加していたのだ。その背後には、紋章術で出現させたイバラの生け垣が見える。
「いったん、退きましょう!」
ユッフィーの声がけで、他の市民たちも戦線を下げる。防壁まで退けば、少しは時間稼ぎになるかと思われた。
◇◆◇
ところが、その目論見は甘かった。どこからか敵軍が後方に回り込んでいたのだ。
史実でのスパルタ軍の敗因も同じだが、異様に敵の行軍が早かった。
「あだだっ!痛いっすよ!!」
「鎧破壊まで再現ってぇ…オグマ様の仕業ですねぇ!?」
なすすべも無く、袋叩きにあって全滅判定を受ける市民軍。
実戦と比べればわずかなものだが、静電気のようなバチッとした痛みを被弾箇所に感じた。
「まあ、何度でも再挑戦できるのが幸いじゃな」
「まさに、終わらないヒャズニングの戦いですわね」
風景が元の訓練場に戻ると。ボロボロになっていた女性陣の防具も元通りとなっていた。
「あれも幻影でしたのね」
やっぱり、北欧神話のドワーフはスケベ。ユッフィーはオグマの趣味に苦笑いを浮かべた。どこぞの艦船擬人化ゲームの大破状態じゃないんだから。
「できる限り早期に、戦力を立て直すんじゃ。荒療治にもなろう」
「女の子の裸が、見たいだけじゃないっすか?」
ゾーラに疑いの目を向けられると。
「…否定はせんっ。嫌なら腕をあげることじゃな」
その後も、ユッフィーたちは負け続けた。何度ボロボロになっただろうか。
しかもこの訓練場には。どうやったのか体感時間を引き伸ばす術まで施されていた。1時間みっちり訓練したつもりでも、実際には10分ほどしか経過してないのだ。これには参った。
それだけに、当初の目的「戦場の空気に慣れる」を短時間で達成する良い訓練にはなったが。
「ミキちゃん、いい仕上がりだね!」
後方でミキの戦いぶりを見ていたミハイルが、感嘆の声をあげる。
ミキの活躍は、ユッフィーたちの目にも留まっており。氷の紋章が刻まれた魔法の靴で地面を凍結させ、どこでも自在に滑走しながら戦う姿は大いに敵味方の注目を集めていた。味方が総崩れになるまで、ほとんどダメージも受けてない。
極光流氷舞拳は、名前通り格闘フィギュアスケートとでも呼べそうな代物だ。
「まだまだ。私は『百万の勇者』たちの中では、最弱の部類ですよ」
当の本人は、至って謙虚。
「力に溺れれば、道を踏み外す。ミキ、お前は飾らない心のままでいいんだ」
「はい、おじさま」
蒼の勇者からも、かつて戦争狂いの末に
クワンダの表情には、かつての過ちを繰り返させまいとの想いがにじみ出ていた。
「ところで、ユッフィーさん」
夢竜ボルクスに興味を示したのか、リーフが声をかけてくる。
ちょうど交流を深める、良い機会だ。
「リーフ様、お疲れ様ですわ。…ボクちゃんのことですの?」
「先程、後方へ回り込もうとする敵軍に火計を仕掛けましたね。山道を行軍する敵に対して、なかなかの機転です」
中の人イーノからすれば、それは大したことではない。三国志とかで合戦に付き物の、少人数でも多数に対し効果をあげられる「わざと山火事」作戦を使ったまでだ。火付け役は、もちろんボルクス。小柄なユッフィーは騎乗して指示を出していた。
「いえ。こんな戦術を再現できる練武場の機能が凄いですわ」
遺跡の攻略には、役立ちそうもない作戦だったけどと答えると。
リーフは、その発想の柔軟さが鍵になると言ってくれた。少し嬉しい。
「星獣を見るのは、僕も初めてです。はじまりの地には多数いるそうですけど…」
「バルハリアでは、珍しいんですの?」
もしボルクスがバルハリアの地底深くで生まれたなら、そこには大いなる冬の影響が及んでないことになる。
「事実なら、世紀の大発見です」
「名も無き地底の主…そのことを伝えたかったのかもしれませんわね」
ボルクスの顔を見つめながら。謎の差出人に想いをはせるユッフィー。
「ユッフィーさん。『夢魔法』を学ばれてはいかがです?」
リーフから、不意にそんな提案があった。
夢属性の星獣ボルクスと、相性の良い夢魔法を学べば。相棒の力をさらに引き出せるのでは。そんな理由からだった。
「アウロラ様の夢召喚と、関係があるんですの?」
「はい。夢魔法は、夢渡りの制御やイメージの具現化を扱う系統の術です」
そう言われて、イーノの脳裏に浮かんだものがある。
夢渡り中に「夢渡りの民」の少女マリカと出会い、夢竜ボルクスを受け取ったとき。イーノは意識せず勝手にユッフィーの姿に変身していた。
あれも、夢魔法の一種なのか。
「氷都市では、どなた様から夢魔法を学べますの?」
「使い手は少ないですけど。アウロラ様から基礎は学べると思います。他には、現在最前線へ偵察に出ている『歩き巫女』のマリスさんが夢魔法の達人ですね」
歩き巫女。日本の戦国時代、武田信玄の下で情報収集に従事したという、巫女に扮して諸国を巡った女忍者の集団。その名を氷都市で聞くとは思わなかった。
やはり、氷都市は落ち武者の隠れ里。都市を危険から守るため、その手の諜報活動は欠かせないのだろう。
千里眼の秘宝フリズスキャルヴ。今のアウロラはその機能の全てを使えるわけでなく、敵方の通信妨害も受ける。それを補うためのスパイか。
「リーフ様、ありがとうございますの。のちほどアウロラ様にお願いしてみますわ」
自分に世界の裏側を見せた、夢渡りに関わる夢魔法。
イーノの好奇心は、ますます抑え難く高まっていくのだった。
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